鹿島美術研究 年報第37号
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Workers: Radical Practice in the Vietnam War Era, Berkeley: University of California Press, 2009. は、1965-75年のあいだのアメリカ美術を同時代のベトナム戦争や人種差別・抑圧的な制度に対する抵抗運動との関係において文化史的に考察するものである。しかし、そうした60年代のアメリカ美術に関する先進的な研究にあっても、デ・クーニングについては同時代のものではなく、抽象表現主義の作家という枠組みで50年代の作品が論の対象とされ続けている。この頻繁に論じられる50年代の作品と、文字通り論外とされてしまう60年代の作品との乖離は、作品中における女性描写の変化と当時の否定的評価に大きく関係しているように思われる。ニューヨーク近代美術館で行われたデ・クーニングの回顧展のカタログにおいて、64-69年における作品が画業の中での位置づけの問題を中心に、同時期のドローイングや画家の言葉から詳細に検討されているものの、作品受容の言説やそうした受容の背後にあった当時の大衆雑誌で流通していた女性イメージとの関係は検討されていない(Lauren Mahony, “Figures in Water,” in de kooning: a retrospective, exh.cat., The Museum of Modern Art, 2011, pp.349-365, 378-393.)。流通していたイメージ(具体的には男性雑誌で流通していた女性イメージや、ファッション雑誌に掲載されたコレクターの趣味の良さを示す生活空間のイメージ)と深く結びついていたことを明らかにすることを目的とする。ミニマリズムやポップアート、ハプニング、さらにはランドアートといった互いに媒体も問題意識も異なる美術動向が興隆する1960年代のアメリカ美術に関する研究は近年、多角的な視点から捉え直され始めている。例えば、Julia Bryan-Wilson, Art 本研究ではまず、こうした状況をふまえて、60年代当時の作品受容の言説に登場する否定的な語彙に着目する。しばしば股を開き観者に性器を見せる女性像に対して当時なされた否定的な語彙を列挙すると以下のようになる。「快楽主義的」、「自堕落」、「品が無い」、そして雑誌やショーなどでヌードを売り物とする女性を侮蔑的に指す「ガーリー」。こうした語彙が示すのは、60年代のデ・クーニングの作品中に描かれた女性像が同時代の男性雑誌に登場する淫猥で道徳に欠けたピンナップガールと紐づけられて受容されていた可能性である。本研究が同時代の男性雑誌『ビューティ・パレード』誌などに見られる、品の無い女性写真を調査する理由はこの点にある。また、「ほとんど凌辱的で、あまりに快楽的」な女性像が描かれた作品を購入するコレクターの「趣味の悪さ」が非難の対象となっている点も興味深い。60年代においてコレクター―106―

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