鹿島美術研究 年報第37号
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きる。価値本研究は、上述の学術意義を持つだけでなく、磁器上の文様に関する研究に見られた、いくつかの問題点を解決することにも繋がる。先行研究では、1.美術史学・考古学・文献史学の手法を統合させた視点が少なく、2.中国の新しい研究成果が十分に反映されにくく、3.用いる文献史料が不足していたという問題があった。1の問題解決には、複数の手法を同程度に用いる必要がある。これについて、筆者は日本で文献史学と美術史学を学び、中国で考古学と陶磁史を学んでおり、文献史料と作品資料に基づく研究が可能である。2の問題は、近年急速に増加する中国国内の出土資料に関して、体系的な把握が困難であることが要因である。筆者は、かつて景徳鎮官窯の発掘を担当し、中国の研究機関と交流があるため、最新情報を研究に反映させることができる。そして3の問題は、陶磁器に関する文献に難解なものが多く、解釈には専門知識が必要であることが要因である。この点についても、筆者は文献史学で博士学位を取得しており、これまでも文献史料を用いて陶磁器に関する研究を行っている(「≪論説≫明代における景徳鎮官窯の管理体制―工部と内府による2つの系統に着目して―」、『明大アジア史論集』第21号、pp.1-25、明治大学東洋史談話会、2017年3月)。したがって本研究は、学際性と国際性を具え、先行研究にはない独自の手法によって研究を遂行するという点においても価値を持つ。構想筆者の研究は、中国陶磁器がいかにして高い質を獲得したかという疑問に端を発しており、中国では官窯が生産される磁器に良質なものが多いことから、学部の頃から一貫して官窯に関する研究を行ってきた。博士論文では、唐~清末に到る官窯の管理・運営制度について研究し、博士学位取得後は、自身の研究に基づき、官窯の体制が磁器にいかなる影響を与えてきたかを検討している。本研究はその一部に該当するものであり、官窯磁器の文様の中で、時の政権の影響を如実に反映していると考えられる龍文に着目し、磁器に内包された意味を解明する。この研究は、龍文の象徴的意味を明らかにするという点で明代の文様学や文化史研究に、官窯磁器の思想的意図と製作背景が明確になるという点で陶磁史研究に寄与するところが大きい。だがそれだけにとどまらず、国家権力が芸術の形成にいかなる影響を与えたのかという美術史上の問題に、明確な具体例を示すことができる。また、官窯で開発された磁器の様式は、民間の窯場に伝播し、さらには交易を通じて世界中の工芸にも影響を与えた。このため、中国の官窯で用いられた文様とその意味を研究することは、様々な地域の文―116―

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