鹿島美術研究 年報第37号
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①死者を記念するビザンティンの挿絵入り写本(2020年)図1研究者:早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程、日本学術振興会特別研究員(DC2)太田英伶奈本研究の意義は、第一に、注文主の肖像を持つビザンティンの挿絵入り写本の制作背景を、先行研究で顧みられることのなかった「注文主の死」という視点を通じて明らかにするところにある。Athos, Dionysiou, cod. 65およびOxford, Christ Church College, Ms. Gr. 61(図1)にはそれぞれ注文主が死者として描かれている挿絵が存在するにも拘わらず、実際にパトロンの死が写本の制作の動機としてどの程度関わりを持っているのかについては検討されることがなかった。また、Oxford, Lincoln College, Ms. Gr. 35のように既に物故した注文主を描いた可能性が高いと指摘されている個別の作例は知られているものの、同様の写本を総合的に比較検討した研究は今日まで成されていない。写本を特定の注文主に帰属させ、その制作の動機を特定することは、写本を実際の歴史の文脈において評価する上で重要な作業であるが、近年はビザンティン写本のパトロネージに関する目立った研究成果が見られない。膠着したビザンティン写本における注文主研究の現状を打破するものとして、筆者の研究は先駆的なものとなる。第二に、ビザンティンの葬礼における美術品の使用について解明する点も、本研究の意義として挙げられる。先述したように、ビザンティンの葬礼文化については未だ研究が緒についていない側面が極めて多い。例として、実に一千年以上もの長きに亘り104代を数えた歴代皇帝の墓所は一つとして現存せず、首都コンスタンティノポリス市民の墓域も一箇所を除いて発掘調査は行われていない。葬儀時に執り行われる典―29―Ⅲ.2019年度「美術に関する調査研究」助成者と研究課題 研究目的の概要

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