鹿島美術研究 年報第37号
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の意義がある。調査研究の価値:制作過程の検証とオーラル・ヒストリーの実施筆者はもともと戦後アメリカ美術を研究しており、単著『越境と覇権:ロバート・ラウシェンバーグと戦後アメリカ美術の世界的台頭』(2015年)では、現代美術の地政学の観点から、アメリカ美術が国際的な覇権を得た過程をトランスナショナルで双方向的な動きの結果として論じた。その後、国際的なポップアートの広がりと日本における展開について調査を始めたところ、沖縄や日系アメリカ人の作家など、既存の枠組みでは可視化されにくい存在の中に非常に興味深い表現があることに気付いた。既存のナショナルな美術言説では沖縄は「日本美術」、日系アメリカ人は「アメリカ美術」に分類されるが、両者はどちらのカテゴリーにおいても周縁化されており、二つの国民国家の間に宙づりにされてきた点で共通している。その二つを同じ土俵で論じられる理論的枠組みの構築が必要であると考え、「境界の戦後美術」という課題名で考察することとした。本研究では真喜志とシモムラを中心に論じるが、その研究成果を他の沖縄や日系アメリカ人作家の調査研究につなげていく予定である。また、2022年は沖縄の本土復帰から50年、日系アメリカ人の強制収容から70年にあたる節目の年である。本研究の調査結果をもとに、他の研究者とも連携して、2022年に大規模な国際シンポジウムを行い、その成果を論文集として刊行することを構想している。2015年に他界した真喜志は、作品制作に関する資料を残しており、筆者はご遺族の協力を得てすでにその調査を始めている。作品発表時の記録写真や、シルクスクリーンに使用されたイメージなど、非常に貴重な資料群である。またシモムラについても、彼が借用した浮世絵イメージに関する調査を進めており、数多くの源泉をすでに同定している。研究史が比較的浅い戦後沖縄美術と日系アメリカ人の美術に関しては、制作過程を明らかにし、一次資料に基づいた実証的な作品研究を行うことが必須の課題であり、本研究はそれを行うことに価値がある。また、筆者が副代表を務める日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴと連携して、関係者に聴き取りを行い、書き起こしを公開することを予定している。すでにある資料を参照するだけではなく、後世の研究者が利用できる一次資料を作り出す点にも、本調査研究の価値がある。調査研究の構想:「境界の戦後美術」~個人研究から国際シンポジウムへ―47―

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