鹿島美術研究 年報第37号
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戦後前衛書の海外展開と受容―井上有一と篠田桃紅の事例から―内容の展示にも注目する必要がある。それらは工芸品という物質の問題だけではなく、当時の社会問題や柳の思想とつながりを持つ物として分析を行っていく。展示の写真画像と企画の内容と同時に、当時の柳の思想を著した著作、民藝同人の作品や著作、第三者による展示や作品、著作を照らし合わせ、それぞれの立場や考えを明確化していくことで、柳が展示に込めた創造性を浮き彫りにする。柳の民藝運動は、その当時だけではなく、後世に伝えていくことを意識していた。柳が亡くなって50年以上が過ぎた今も無くならない、国際問題や民族問題へどのように今の人々が向き合うべきか。柳の考えを顧みて、展示によって可視化することは、今の人々にも価値のあることと考える。研究者:神戸大学国際文化学研究推進センター協力研究員意義:前衛書の海外受容を明らかにする初の研究;本調査研究には、前衛書の海外受容を明らかにする初めての研究という意義がある。前衛書に関連する近年の先行研究としては、栗本高行が2016年に著した『墨痕―書芸術におけるモダニズムの胎動―』があり、ここでは、日本近現代の書の表現を射程に比較的広範囲に渡って書の革新的な制作が検討され、作家の思想や制作理念が論じられた。この議論が、明治期の書画分離を踏まえる点は、本調査研究と共通する。しかしながら、この著作では前衛書の海外展開が扱われなかったことに対し、本調査研究は積極的に美術と交流した前衛書作家に焦点を絞って、海外への展開とその受容を明らかにすることで先行研究を補い、前衛書研究を豊かにする意義がある。価値:「日本近代美術」という制度の再考;本調査研究は、明治期に欧米の美術を基準に人為的に作られた「日本近代美術」そのものを読みなおす点に、独自性がある。日本近代の始まりとともに人為的に作られたこの美術制度は、西洋由来の美術と日本の伝統芸術を分断する美術のジャンルを設定した。この制度の枠組の影響で、一般的に西洋の美術は新規性があり革新的、伝統芸術は古風で保守的というような受けとめがなされている。それに対し、本調査研究では、伝統芸術から生まれた革新的な表現が海外へ展開したことを検証して、同時代の伝統的な表現が従来の二項対立的なジャ―65―向井晃子

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