鹿島美術研究 年報第37号
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ンル設定では捉えきれないことを明らかにする。そして、書画分離の制度のない海外での受容が日本の美術制度の不備を結果的に補完した可能性を検討し、現在も続く書画分離の制度の妥当性を考察する。さらに、書と美術、国内と海外という境界のあわいで展開された書の革新的な制作を検討する視点は、当時の試みの帰結を現在の社会状況へと接続でき、今後、さらにグローバルな状況が進展して日本における在留外国人が増加し、さまざまな文化の混淆が予想される中、美術や美術史をどのように考えていくのかという問題に寄与できる。構想:博士論文と統合した研究成果の出版;本調査研究と博士論文を統合した研究成果の出版を計画している。この研究成果は、日本近代の美術史研究に寄与し、戦後の美術交流史に新たな一面を加える。それを出版することで、研究者に広く成果を届け、さらには一般の読者にも美術史研究を開ける。さらに本調査研究完成後の構想としては、近代の東アジアの美術制度とそこで展開した書芸術の比較分析を視野に、研究を進めたいと考えている。日本近代の美術史研究への寄与については、先述のとおり、明治期に政府によって作られた美術制度を問い直している点で、現在進展している制度批判的研究と関連している。さらに、作家の海外展開に焦点を絞った本調査研究が完成することで、近年研究が進みつつある戦後の美術交流史に伝統芸術の視点から新たな一面を加えられる。戦後の美術交流史研究では既に、木田拓也、桑原規子、池上裕子などがそれぞれ工芸、版画、モダンアートの分野で日米美術交流の背景にあったアメリカの文化政策の重要性を論じている。だが、この動向には、戦後前衛的な展開を遂げた前衛書や前衛華道といった伝統芸術の分野が研究対象とされていない問題がある。この要因には、それらの分野が美術制度から除外されたことで研究者と研究が出にくい点があり、前述の制度の問題とも関わっている。本調査研究を行うことで、研究が少ない状況を補完でき、現状の美術制度とそれに基づく学術環境に対する問題提起を行える。加えて、本研究成果は、美術史研究を一般社会へ開く可能性を秘めている。なぜなら、書は義務教育課程で触れる機会があるため一般的に比較的身近な存在となっており、興味が持たれやすい傾向がある。実際、筆者は既に、博士論文研究について一般向けの学術レクチャーを依頼され、開催時には予定時間を超えて質疑応答が続くなど反響も大きかった。研究成果の出版は、専門家以外の読者に対しても書という身近な―66―

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