内面世界が表されることはなかったのか。本研究の意義は、この問いを出発点として、従来印象派に与えられてきた美術史上の位置づけを批判的に検証する点に存在する。なかでも私がカミーユ・ピサロに注目するのは、彼が全8回のグループ展に参加した正真正銘の印象派画家でありながら、印象主義の超越を目指す芸術動向も好意的に受け入れるという二面性をもった画家であったからだ。美術史上、1880年代後半から90年代はポスト印象主義世代にあたる新印象主義や象徴主義の画家達が、感覚器官から得られた現実世界の模倣を越えた、精神世界の具現化を追求した時期にあたる。そうしたなかで、ピサロ自身も印象派の理念に疑問を呈し、1880年代後半に新印象主義画家に転向した後、90年代にはポール・ゴーギャンをはじめとする象徴主義芸術からも影響を受けたのである。クレメント・グリーンバーグが「エゴティズムの欠如」と形容したように(Clement Greenberg, “Review of Camille Pissarro: Letters to His Son Lucien Edited by John Rewald,” Nation, 24 June 1944, reprinted in Clement Greenberg: The Collected Essays and Criticism, ed. John O'Brian, Chicago, 1986, 1, pp. 214–217. esp. 215–216.)、他から多くを学び、多様な様式変遷を経験したピサロの画業は、これまで折衷主義的なものとみなされ、彼の芸術に通底する芸術理念を見出すことは困難であると考えられてきた。しかしながら、ポスト印象主義への傾倒は、むしろピサロの芸術家としてのアイデンティティを明確化する一助になるものである。というのも、そのことは、彼が堅固な絵画様式による永続的な絵画空間の構築、そして感覚より上位の精神世界の絵画化を目指していたことを意味するからだ。本研究はこの見地に立ち、ピサロの絵画実践の背後にある思想的基盤を明らかにするとともに、その芸術理念の一端を解明することを目指す。構想本研究では、(1)思想世界の表出が確認されるピサロの絵画作品が、どのような芸術理念のもとに生み出されたのか、(2)実際に1880年代および90年代のピサロの作品にはどのような思想体系が表されているのか、(3)画家が画布上でそれを表すにあたり、どのような絵画様式・制作手法を用いたのかという、三つの問いを中心に据える。(1)に関しては、ピサロの書簡や同時代の批評の分析により、世紀末の文化潮流のなかで育まれた彼の芸術理念を明らかにする。先述のように、世紀末にはポスト印象主義の画家達が美術界を席巻したのみならず、文学界においても自然主義から象徴―77―
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