鹿島美術研究 年報第38号
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るなど、図像学的解釈がなされてきた。また近年でも、2017年のInternational Congress on Medieval Studies において、“The Stones Cry Out: Modes of Citation in Medieval Architecture”と題したセッションが設けられ、建築作例間の「参照」が議論の対象となるなど、「建築の図像学」の有効性が再評価されている。そこで申請者は、13世紀のサン=ドニ改築研究に図像学的視点を導入することで、特異なトランセプトが生じた背景を説明することができると考える。その試みとして筆者はこれまでの研究において、当時の単位ピエに換算すると120ピエ四方の正方形平面を持つトランセプトが、ヨハネの黙示録において記述される「天上のエルサレム」の寸法と幾何学を参照していることを指摘した。また、同時代のカスティーリャ王国で制作された『ベアトゥス黙示録註解書』の写本挿絵における「天上のエルサレム」の図像が、カスティーリャ王家出身のルイ9世の母、ブランシュ・ド・カスティーユを介して平面のイメージソースとなった可能性を提示した。本研究においてはさらに具体的な建築作例として、レオンのサン・イシドーロ聖堂に隣接する「パンテオン」をサン=ドニの建築的着想源として提示する。パンテオンの先行研究においては、「建築の図像学」の手法が援用されており、その形式と機能において、後期古代の霊廟建築に端を発しイベリア半島で根付いた霊廟建築の伝統を引き継いでいることが指摘されている。それゆえパンテオンをサン=ドニの建築的着想源と考えることで、後期古代以来、中世を通して受け継がれてきた霊廟建築の伝統の中に、サン=ドニを位置付けることができる。さらには「天上のエルサレム」の参照という解釈を鑑みるならば、正方形のトランセプトには重層的な象徴性が付与されることとなる。クラウトハイマーは1942年の論文において、建築において形式と意味・機能がいかに伝播するかという、モデルとコピーの関係について論じた。サン=ドニとパンテオンを「建築の図像学」のケーススタディとすることで、聖堂建築において形式と機能、意味が如何に結びつくか、そして形式が伝播することで、如何に機能と意味が継承されうるかという、より大きな問いについて考察を発展させることができるだろう。―87―

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