鹿島美術研究 年報第38号
103/134

宋・契丹・金・元時代の塼室墓に描かれた器物から見た文化・美意識の変遷に関する研究―酒器を中心に―研究者:出光美術館主任学芸員徳留大輔調査研究の目的:本研究は中国の宋・契丹・金・元時代の壁画墓に描かれた器物、とくに酒器・花器と描かれた壁画の内容(場面)に着目する。具体的には、1)通時的変遷と同時代における空間的広がり(共通性と差異性)を通して、2)器物の使用方法や文化・社会的文脈におけるそれらの器物の意味づけを考察する。本研究が対象とする各時代・王朝は支配者の民族・出自が異なる。それらの現象の比較を通して漢民族と非漢民族の美意識や価値観の変遷、ならびに非漢民族の王朝は漢文化に対して一律に変容するのか、あるいは変容せずに伝統や価値観が継承されていくのか、その様相を明らかにすることを目的とする。本研究の意義:本研究では、壁画・葬送に関する資料と実際の日常的に使用したと思われる金銀器・漆器・陶磁器の組成と比較を通して、漢民族と非漢民族が、相互にそれぞれの文化をどのように受容・選択/非選択してきたのかについて、具体的な現象を通してその過程を示すことができる可能性が高い。また宋から元、そして明と王朝交替を経た際に、漢文化(あるいは宋文化)を継承する漢民族における基層的な美意識や価値観がどのように伝わったのかを考察することを可能とする。このことは王朝交替や異なる文化・民族の接触により生じる文化交流と文化・情報の受容の過程を明らかにする比較研究を行う上でも、意義のあるものと考える。本研究の価値:本研究が対象とする時期・地域は、漢民族・非漢民族の王朝交代とそこに住む人々の価値観が、人・情報の接触に伴い変容することが知られる。政治的な変化の中で、人々の伝統的価値観・美意識が保護されたり、あるいは積極的に外の情報を直接的に受容したり、間接的な影響などにより変容することもある。本研究はそれらの議論にも深く結びついており、中国史、美術史、陶磁・工芸史的のみならず、人類史研究における普遍性をもったテーマへと昇華できるものであり、美術・工芸と実際の人の営みを復元できる研究としての価値をもつものである。―88―

元のページ  ../index.html#103

このブックを見る