鹿島美術研究 年報第38号
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目されてきたことがある。『平家物語』を主題とした絵画の中では、江戸時代の大画面合戦図に現存作例が目立って多い。また、《平治物語絵巻》など、中世の合戦絵巻の名品の存在もあってか、先行研究において源平に関わる絵画は主に合戦図として把握されてきた傾向があるが、実際はどうであったか、検討が必要である。中世に遡る(または中世に図様が成立した主題の)作例を見ると、かつては全章段を絵画化した大部の作例であった可能性もある《白描平家物語絵巻》や、後日譚を描いた大原御幸図屏風など、必ずしも合戦を描くだけではないものが散見される。大原御幸図屏風は、平家滅亡後に後白河法皇が大原で隠棲する建礼門院を訪ねる後日譚を主題としており、室町時代末期に図様が成立したとする指摘、あるいは近世において女性にむけた社会的亀鑑としての役割があったとする指摘なども含め、注目される。また、国文学研究において中世における『平家物語』は、「敗者・戦死者たちのことを語ることでその魂を鎮めるという構図」を内在するものであったことが指摘されており(鈴木彰「平家物語と太平記」、小峰和明編著『日本文学史古代・中世編』第11章、ミネルヴァ書房、2013年)、中世の絵画にも同様の役割が推測されるが、その実態は明らかではない。時代ごとに、作品に則した分析が必要であろう。本研究の対象とその研究意義以上のような点を『平家物語』の絵画研究の課題とした上で、本研究では、中世における『平家物語』絵理解に向けて、確実な中世の現存作例のある絵巻作例の作品研究を行い、また、小画面の絵画に焦点を絞りつつ、広義の「平家絵」に目を向けて、中世、主に室町時代における『平家物語』の絵画の輪郭をある程度明らかにしたいと考える。具体的には下記のふたつの作業を行いたい。1)室町平家絵作例としての《白描平家物語絵巻》の研究ひとつは、絵画様式から15世紀に制作されたと考えられる《白描平家物語絵巻》の作品研究である。現在絵巻5巻の存在が知られており(個人蔵本3巻、京都国立博物館蔵本1巻、静嘉堂文庫蔵本1巻)、内容から『平家物語』巻三の零本であることが知られる。本作については、梅津次郎「伝光信筆平家物語絵巻」(『美術史』35号、1966年)、若杉準治「口絵解説平家物語絵巻」(『日本歴史』630号、2000年)の他に、土佐派研究の一環としてその絵画様式について言及された論攷が複数ある(宮島新一『土佐光信と土佐派の系譜(『日本の美術』247号)』、至文堂、1986年、同『宮廷画壇史の研究』、至文堂、1996年、相澤正彦『土佐光信(『新潮日本美術文庫』2)』、新潮―95―

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