社、1998年、Melissa McCormick, Tosa Mitsunobu’s Ko-E: Forms and Function of Small-Format Handscrolls in the Muromachi Period (1333−1573), PhD. Dissertation, Princeton University, 2000、髙岸輝『室町王権と絵画―初期土佐派研究』、京都大学学術出版会、2004年、拙稿「光信系小絵作品群に関する研究―光信様式研究と光信周辺小絵の位置づけ―」、『鹿島美術研究』年報26号別冊、2009年)。これまでの議論の中核は、室町期土佐派作例としての絵画様式から見た位置づけと、小絵と呼ばれる小型絵巻としての性格にあり、平家絵としての位置づけはこれからの課題である。唯一室町時代の制作であることが確実なテキストを伴う絵巻作例として、絵とテキストの表現の分析を行い、これより後の小画面作例との図様の比較を行って、現存作例の中での位置づけを改めて行いたい。土佐派の平家絵として、土佐光則(1583~1638)周辺で制作されたと考えられる《平家物語稿本》(京都市立芸術大学芸術資料館蔵)があり、あわせて検討する。また、本作が白描であるという点にも注目したい。《平家公達草紙絵巻》(福岡市立美術館蔵)は、重盛、維盛、重衡など平家一門の華やかな宮廷生活のエピソードを主題にしたもので、数点の伝本が知られる。いわば『平家物語』の二次創作としての性格が指摘されている。従来平家絵としてよりも、鎌倉時代の白描絵巻のひとつとして分類されてきたが、小督の登場する白描絵巻の名品《隆房卿艶詞絵巻》(国立歴史民俗博物館蔵)とともに、平家に関わる人物を描いたものであることは注目され、「白描の平家絵」の中世作例が複数あることは興味深い。室町時代には『源氏物語』など王朝恋愛譚を主題にした白描絵巻の作例が多く、白描絵巻という点でひとくくりにはできないが、一連の平家絵絵巻がなぜ白描であるのか、あるいは鎮魂という文脈と関わるのではないかと考えており、享受の様相も含めて検討したい。2)広義の中世平家絵の把握今日一般的に読まれている「覚一本」が成立するのは14世紀後半のことであり、この時期から記録に平家絵の記述が増えていくことは興味深い。しかし、既述のように中世の現存作例は非常に限られる。しかし、厳密に『平家物語』のテキストを絵画化した作例に限定せず、広く平家、あるいは源平の物語とその登場人物を主題にした作例をとりあげると、室町時代後半から桃山時代に制作された平家絵はそれなりの数にのぼる。『保元平治物語』、『源平盛衰記』、『義経記』、『曽我物語』など、『平家物語』との直―96―
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