スト降誕》において、それ以前の絵画には見られない濃い影と褐色の光による明暗のコントラストが表されている点に注目し、宗教的思潮および美術理論的文脈の双方における意図と源泉を解明することを目的に研究を進めることで、従来のヴァザーリ史観からブロンヅィーノを解き放つことが期待される。そして上述のヴァザーリ史観の影響で見逃されてきたこの画家独自の絵画的特質について、北イタリアも含めたより広い地理的観点から再検討することで、ブロンヅィーノを見る新しい立場を提示する点に大きな意義を持つ。本研究が注目する歴史的文脈の一つであるカトリック改革という歴史的かつ精神的文脈においてブロンヅィーノの作品を検討することは、前述したように、可能性の提示に止まる先行研究をさらに推し進めるものであり、後期における様式転換の要因の一つを具体的に解明するものである。こうしたこれまで解明されていなかったこの画家の絵画様式に対する影響源を明らかにする点で、本研究はブロンヅィーノ研究において大きな価値をもつ。さらに、上述の影響源の一つを明らかにすることは、これまで詳細な分析をされてこなかったこの画家の後期における様式的転換の重要性を新たに提示することにつながる。この画家の後期様式は、《キリスト降誕》のように色彩的表現を重視するものがある一方で、その数年後には、以前の絵画様式、すなわち人物像の裸体を古代彫刻やミケランジェロの作品のように表す作品も制作している。この様式的差異について先行研究では、一方は前述した画家の個人史の観点から、もう一方は16世紀後半のフィレンツェ美術界における画家の指導的立場という社会的観点から説明されてきた。しかし先行研究においてこれらの作品は個別に検討されてきたため、様式的差異と精神的文脈との関連性および画家の作品全体における様式的転換の意義の解明が不十分である。これに対して本研究は、カトリック改革との関連に加え、もう一つの歴史的文脈である同時代の北イタリア美術の実践および理論(パラゴーネ)との関連という新たな視点から後期様式の転換について包括的に再検討を試みる点で大きな価値を持つ。さらに、二つの歴史的文脈と北イタリアも含むより広い地理的観点から作品を検討する本研究のアプローチは、上述の《キリスト降誕》とは異なる様式的特徴を示す同時期およびそれ以降の作品を再検討する際にも応用することができ、申請者のこれまでの研究成果も含めることで、この画家の様式展開の全体像を新たな視座から再構築する―98―
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