さらに《原爆の図》は、近年ますます美術史・思想史の観点からの研究が進み、2010年以降、アメリカ巡回展(アメリカン大学美術館、ボストン大学ギャラリー、パイオニアワークス・2015年)、ドイツの美術展覧会「戦後―大西洋と太平洋の間の美術1945-1965年」(2016年)に出品されたことで、世界的な視点での再評価が試みられた。国内美術展覧会として、「戦争/美術1940-1950」(神奈川県立近代美術館葉山館・2013年)では、太平洋戦争から敗戦にいたる美術作品を再度検証し、丸木夫妻の戦前の作品(日本画・洋画)と戦後の《原爆の図》も出品され、位里の水墨による抽象性、俊の人体デッサンによる具象性といった「共同制作」の原動力が実見され、「香月泰男と丸木位里・俊、そして川田喜久治」(平塚市美術館・2016年)では、芸術家二人の作品とともに《原爆の図》を、日本の戦後美術史に位置付ける展開があった。また、丸木位里の画業の全貌を紹介する過去最大の回顧展「墨は流すもの―丸木位里の宇宙―」(奥田元宋・小由女美術館、一宮市三岸節子記念美術館、富山県水墨美術館・2020年)では、位里の個人作品並びに《原爆の図》を含めて、俊との前衛的な水墨表現の追求、実験的な創作活動の試みを検証された。なお、従来の《原爆の図》歴史的側面での研究分析は、1990年代は、ヨシダ・ヨシエ(美術評論家)の論考『丸木位里・俊の時空―絵画としての《原爆の図》』(青木書店、1996年)によって、絵画としての再評価が試みられたことで、美術史の視点で注目されるようになった。『HELL FIRE却火』の製作に携わったジョン・W・ダワー(歴史家・マサチューセッツ工科大学名誉教授)の論考『戦争と平和と美―丸木位里と丸木俊の芸術―』(袖井林二郎訳『原爆の図』小峰書店、1990年所収、後に同書名、原爆の図丸木美術館、2007年発行])は、丸木夫妻の基本的な情報を整理し、共同制作を通じて戦争被害の実情と実相、原爆被害を検証し、現代文明の将来のあり方へ警鐘を鳴らす芸術的表現を高く評価した。21世紀に入ると、戦後の美術史と思想史に位置づけた、小沢節子(歴史家)の評論『「原爆の図」―描かれた〈記憶〉、語られた〈絵画〉』(岩波書店、2001年)が、丸木夫妻の共同制作の再評価に大きな影響を与えた。その後、岡村幸宣の調査報告『《原爆の図》全国巡回―占領下、100万人が観た!』(新宿書房、2015年)は、1950年代に《原爆の図》が発表された巡回地に関する基礎資料集成となっている。ここで、本研究は《原爆の図》の視覚表現を可能とする技法材料について触れられてこなかったことを大きな問題とし、上述の先行研究および蓄積された調査研究の成―22―
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