⑬ハンス・メムリンク作《受難伝》の図像源泉とその機能―連続場面表現による「霊的巡礼」の成立から―スにおける宗教芸術運動と女性芸術家』(2018年)において詳しく考察されている。本研究では、アッシー教会においては、宗教的信条や政治的イデオロギーに関係なく、非キリスト教徒の芸術家にも教会の装飾が依頼された点に注目したい。この点、クチュリエ神父の「聖なる芸術」運動は、キリスト教的共同体への理想と実践という性格を持った従来の中世復興運動とは一線を画している。「聖なる芸術」運動をめぐっては、味岡氏の上掲書をはじめ、パナソニック汐留ミュージアムほか編『ジョルジュ・ルオー――聖なる芸術とモデルニテ』(2018年)や土居義岳『建築の聖なるもの――宗教と近代建築の精神史』(2020年)など近年特に注目されているテーマである。本研究では、クチュリエ神父によるアッシー教会の構想から実現に至るまで、当時の批評とあわせて考察を行う。研究者:國學院大學大学院文学研究科博士後期課程■調査研究の目的本研究はハンス・メムリンク作《受難伝》の主たる図像源泉を特定し、本作の機能とされる「霊的巡礼」の実践を可能な限り明らかにすることを目的とする。また《受難伝》の図像の成立過程から初期ネーデルラント美術における物語表現および風景表現の系譜を再考することも試みる。■その意義・価値メムリンクによる《受難伝》の源泉を特定することは、ネーデルラント美術史上の重要なミッシングリンクを埋めることを意味する。本作が描かれるまで、ヤン・ファン・エイク以降のネーデルラント油彩画ではほとんど連続場面的な物語表現が存在しなかったのに対し、本作以降は同様の表現がメムリンク周辺で急増する。メムリンク自身も《受難伝》で開拓した連続場面表現を一層発展させており、本作のおよそ十年後に制作した《キリストの到来と勝利》(1480年、板・油彩、ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク蔵)ではより広大なパノラマ風景に二十五場面が描かれる。また《受難伝》が開拓したのは物語表現だけではなく、前景と後景が中景を介してなだらかに繋がった、鳥瞰的な画面構成も挙げられる。この点で《受難伝》は、世界全体を凝縮し―34―舟場大和
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