これらの頂相のなかには、肖像画と同様、当時の画壇において名を馳せた絵師が描いているものもあることから、肖像画研究においても注目されている。しかし、これまでに展覧会等を通じて紹介されてきた頂相、あるいは研究対象とされてきた頂相の多くは、中世から近世初頭までに制作されたものであり、それ以降に制作された頂相が取りあげられる機会は少ない。その点、近世における頂相の存在は等閑視されている状況にあるようにおもわれる。禅宗寺院に伝来する頂相は近世に制作された作例が圧倒的に多く、近世禅林をめぐる美術を考える上でも、当該期における頂相の研究が重要な課題のひとつに位置付けられる。近年、徳応や貞綱（徳栄）等の近世絵仏師による頂相が紹介され注目を集めている。しかし、禅宗寺院の文化財調査を進めるなかにおいて、かれらのほかにも数多くの頂相作例を遺している絵師や、頂相画家として工房を構えた可能性を有する絵師の存在を確認することができる。とりわけ注目すべきは、頂相制作が形式化の一途を辿っていた江戸期において、高い画技をうかがうことができる作例が多い点である。本調査研究では江戸時代を活躍期とし、禅宗寺院において数点の頂相作例が見出されている〈水谷憬南〉および〈中天景団〉をはじめとする絵師に焦点を当てたい。今後も全国的に新出作品が見出される可能性が高い絵師であり、現在、禅宗寺院を中心に未紹介作例の存在が報告されているほか、作画活動の様子を垣間見ることができる文献も見出すことができる。本調査研究では絵師の実態解明と画業の復元に主眼を置き、未紹介資料を中心に作品調査を行う。とりわけ、頂相賛の着賛時期をもとにした絵師の活躍期の特定とともに、工房制作の可能性をも視野に入れた印章整理による作例の編年作業を進める。また、絵師・像主・賛者・発注者の関係を考察することにより、絵師の活動範囲と当該期の頂相制作におけるネットワークの解明を課題としたい。さらに、これらの調査を進めるなかにおいて、頂相のみならず、仏画をはじめとする多岐にわたる領域の作例が見出される可能性も見込めるほか、頂相画家としての一面をもつ禅僧による作例も確認できる。その点、頂相研究に加え、近世絵画史や禅文化史等の多方面の研究においても新たな視点をもたらす可能性を秘めている。―37―
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