⑱江戸における都市景観図の展開ならびに実景図の特質についての研究―沖一峨筆「江戸風景図額」を中心に―研究者:細見美術館学芸員山下真由美本調査研究の目的は、幕末に江戸の都市空間を捉えた沖一峨(1796~1861)筆「江戸風景図額」(個人蔵)を基軸として、江戸景観図の展開、ならびに大名庭園図を含む江戸の実景図の特質を考察することである。江戸時代中期以降、谷文晁筆「公余探勝図巻」(東京国立博物館蔵)に代表されるような、実際にある場所を写実的に描いた実景図や、司馬江漢や亜欧堂田善らによる遠近法を駆使した江戸名所図などの銅版画が盛んに制作された。また同時に、“山水癖”とも呼ばれる各地の風景を描かせ蒐集した風景マニアの大名・商人なども現れ、将軍や大名らが造営した広大な大名庭園を主題とした作品は庭園画の発展に大きく寄与することとなった。これまでの山水画とは一線を画す、江戸後期における風景画の展開の多様さは特筆すべき事象となっており、これらに関する研究も近年とみに進展を見せている。こうした中で、江戸深川に生まれ、鍛冶橋狩野家の門人として鳥取藩江戸定詰の御用絵師となり、市河米庵や谷文晁、滝沢馬琴や長谷川雪旦といった幅広い人々と交流しながら活動を行った沖一峨も、鳥取藩下屋敷の庭園を描いた「高輪真景図」(東京国立博物館蔵)や「因州侯庭園図」(個人蔵)、新出の「東海道中図」(個人蔵)など、実景を主題とした作品を遺している。そして、幕末(嘉永~安政年間)に制作された「江戸風景図額」(以下、本作)は、ある特定の地点に立ち、富士を背中に向けてはるか房総半島まで見晴るかし、江戸のまちを広範囲に描き出した希有な実景図となっている。鍬形蕙斎の「江戸一目図屏風」(津山郷土博物館蔵、同構図の版本「江戸名所之絵」初版は享和3年〈1803〉)が数多くの模倣作を生み、江戸景観図の型として踏襲されている時代にあって、それとは異なる視点・構図を持つ本作は注目に値するが、平成24年に『國華』にて作品が広く紹介(拙稿「沖一峨筆江戸風景図額」『國華』1405号)されて以降、さらに進んだ研究は未だ行われていない。そこで本研究では、江戸前期の「江戸図屏風」(国立歴史民俗博物館蔵)、後期の鍬形蕙斎「江戸一目図屏風」(津山郷土博物館蔵)、そして幕末に制作された本作を江戸景観図の掉尾を飾るものとして位置付け、同じ江戸という都市の描写が、各時代によ―41―
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