鹿島美術研究 年報第38号
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⑳描かれた「アトリエ船」をめぐる研究―クロード・モネ《橋から見たアルジャントゥイユの泊地》を中心に―1873年頃から水上で使用されたモネのアトリエ船は、作家の戸外制作の方法を伝える重要な装置であり、画家自身を暗示する船内の人物を伴ってたびたび画中にも登場してきた。アルジャントゥイユ居住期間(1871-1879)に描かれた油彩画を概観するだけでも、その数は9点に上る(※8点と数えられる場合もある)。同時期の風景画の構図やモチーフが注意深く選択されていることは先行研究でも指摘されており、準備素描に登場しないアトリエ船が《橋から見たアルジャントゥイユの泊地》に描かれている点は、画家による意識的な変更であると言えるだろう。準備素描や関連作品の調査に基づくアトリエ船を描いた作品群の分類や整理は、アトリエ船というモチーフそのものの理解にとどまらず、多作で変化の著しいアルジャントゥイユ時代の画業の理解や、画家の自意識・自己表現の理解にも資すると考えられる。モネは生前のインタヴューでも自身の芸術観を語っているが、しばしば指摘されるように証言には虚構も織り交ぜられ一貫性を欠いている。丹念な作品調査は、いまだ曖昧な点の多い作家像の理解促進の一助ともなるだろう。研究者:三重県立美術館学芸員鈴村麻里子本研究は、クロード・モネのアトリエ船が描かれた《橋から見たアルジャントゥイユの泊地》(1874年、三重県立美術館蔵)の生成過程を光学調査や準備素描の調査によって明らかにし、モネの画業における同作品の位置づけを関連作品との比較を通して明確にすることを目的とする。シャルル=フランソワ・ドービニーの影響を受けてモネが水上制作に活用したアトリエ船については、例えば「まばゆい反射――印象派の傑作100点」展(2013年、ルーアン美術館)や「ドービニー、モネ、ファン・ゴッホ――風景の印象」展(2015年、シンシナティ、タフト美術館他)の図録でもその重要性が指摘され、考察に紙幅が割かれている。しかしながら、欧米の大規模展に出品される作品は限定されており、アトリエ船を描いた作品群の包括的な調査はこれまで行われてこなかった。三重県立美術館の所蔵作品に関して言えば、収蔵が比較的最近であるゆえにカタログ・レゾネに所蔵先が明記されていないばかりか、収蔵後の海外展出品歴もなく、国際的な研究の俎上にすら載っていないと言わざるを得ない。アトリエ船を描いた作品を所蔵する美―44―

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