鹿島美術研究 年報第38号
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平安時代前期の仏像彫刻の着衣にみられる衣文について研究者:熊本県立美術館学芸員萬納恵介本研究の意義は、まず、平安時代前期の仏像彫刻の最大の特徴の一つである翻波式衣文の定義を具体化し、その成立事情を考察することにある。翻波式衣文があらわされていれば、まず平安時代前期制作の可能性が検討されるが、先行研究や調査報告書には、西川杏太郎氏が述べている、波頭が砕け始めるように見える大波と、先端のとがった小波を交互に繰り返すという法則から外れる衣文でも、翻波式衣文と表記されていることがある。こうした傾向は、当該作例の制作時代に関する認識をゆがめることにもつながる。本研究はこうした態度の是正と、今後の翻波式衣文に関する認識の基準を提供することを目指す意欲的な研究である。そして、従来九州ならではの表現かのように述べられてきた「Ⅴ字」を描く衣文に注目するのは、従来の見解が、関連作例の検討を九州地方のみを対象としてきたことに基づくもので、日本という全体を見通しての視点が欠けていると考えたからである。従来、平安時代前期の仏像彫刻は、作例ごとに特異な様式を示し、一木造という技法の特性上、仏師独自の表現とみなされることが多く、仏師の系統を跡付けるのが難しいとされてきた。しかし、近年は、内刳や木取り、耳の表現の共通性といった面から、地域をまたいで仏師の影響関係を跡付ける試みもなされてきている。したがって、本研究で取り上げる「Ⅴ字」を描く衣文についても、九州に限定して検討するのではなく、多角的に他地域との影響関係を検討したうえで、その成立について考察するべきであろう。九州の場合は、蝦夷と呼ばれ、明確な区別がされていた東北地方とは異なり、古代においては「遠の朝廷」と称された大宰府を中心に、中世以降は、天皇家や貴族、寺社などの有力者の荘園が数多く所在していたことで、畿内と密接な関係を保ち続けていた。それは、結果的に美術史分野にも及ぶ影響力を持ち、中央で発生した様式がほぼ同時期に九州にもたらされ、流行をみていた。このことは、歴史学や考古学の成果を参照しなければ知りえないことで、本研究はそうした地域をまたぐ広い視野、そして学際的な視点の必要性を、さらに強調する研究といえるだろう。―56―

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