鹿島美術研究 年報第38号
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狩野山雪様式―「蘭亭曲水図屏風」を中心に―Escorial (exh. cat.), Real monasterio de San Lorenzo de El Escorial.)が継続的に行われるなど、近年ナバレーテはフェリペ2世との関係の重要性から注目され始めている。本研究成果はこの流れの最先端として、ナバレーテ研究を推し進めるのみならず、エスコリアルにおける他の画家たちの作品研究の指標となり、エル・エスコリアル修道院内部装飾研究全体を支えるものとなるだろう。(構想)本研究で扱うナバレーテの円熟期の作《聖家族》は、16世紀の同主題作品群と比較すると、聖アンナが強調されており、聖アンナ信仰の興隆と深く結びつく「聖親族図」がその構図の着想源だと考えられる。一方エル・エスコリアル修道院での聖アンナへの崇敬はフェリペ2世の4番目の妻であり、神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世の娘であるアナ・デ・アウストリアに関連付けられる。エル・エスコリアル修道院聖堂に創設された聖アンナ礼拝堂の主祭壇画として制作されたルカ・カンビアーゾ作《聖アンナ》(1583年)は皇后アナが1580年に死去したこととの関連がすでに指摘されており、また1580年代半ばにエル・エスコリアル修道院に送られたミヒール・コクシーによる《聖アンナとヨアキムのいる聖母子》(1552年)も同様の状況下で要請されたものと推察できる。1571年、フェリペ2世と皇后アナとの間に王位継承者のフェルナンド皇太子が産まれたことはヨーロッパ中で盛大に祝福され、ティツィアーノやミケーレ・パラッシオなど様々な画家が、これにまつわる主題の絵画を制作しスペイン王室に贈っている。これら作品と同時期に制作された本作は、《降誕》とともに1571年に画家に注文されており、そこで聖アンナの役割が強調されていることから、本作は皇太子誕生との関係で解釈できると期待できる。そのため皇太子誕生に関連する同時代の言説や、エル・エスコリアル修道院における聖アンナ崇敬についての文献を精査し、「聖家族」主題とスペイン・ハプスブルク家を具体的に結び付けることで、本作が王室修道院であるエル・エスコリアル修道院に配置されるのに適した内容を有していることを明らかにする。研究者:台東区教育委員会文化財保護調査員本研究は狩野山雪の絵画様式について言及するものである。その目的は、第一に山―67―細川明日香

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