鹿島美術研究 年報第38号
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朝鮮時代における肥前陶磁様式の受容についてら、近代の博物図は幅広い美術の一分野であるにもかかわらず、これまでその美術的な特質に焦点をあてた研究はほとんどみられず未開拓な分野である。そこで本研究において、伊藤の経歴を辿りながら、日米に現存している博物図の原画、写生帖、書籍、印刷物等を対象とし、伊藤による博物図の特質を検討する。さらに明治から昭和初期にかけての博物図の美的世界を明らかにし、日米において活躍した博物画家のまなざしを探ることで、美術史のみならず科学史や博物学史にも寄与したいと考える。研究者:五島美術館学芸員田代裕一朗筆者は髙梨学術奨励基金の助成を受けて「江戸時代、朝鮮半島に渡った肥前陶磁の研究」(2020年4月~2021年3月)と題して、2000年代以降の都市開発を背景として韓国で盛んに調査されている消費地遺跡において、中国陶磁または国籍不明と報告された陶片群から江戸時代の肥前陶磁を抽出する作業をおこなった。本調査研究はそれに続き、「朝鮮時代における肥前陶磁様式の受容について」と題して、朝鮮時代に製作された白磁の様式に肥前陶磁がどのような影響を及ぼしたか、朝鮮半島に渡った後の展開を考察することで一連の交流史研究を完結させることを目的としている。ミクロな意義として、まずこれまで申請者が抽出した肥前陶磁の事例に対して、それらがどのように朝鮮白磁に繋がったか考察することにより、肥前陶磁が朝鮮時代社会に受容された意義を確認することができる。またこれまで肥前陶磁に由来するという指摘に留まり、朝鮮白磁に採用された理由について論じられてこなかった器形や文様について、申請者がこれまで研究を通して確認してきた成果(朝鮮半島に渡った肥前陶磁の器形文様、中国陶磁との競合関係)を踏まえて更に考察することで取捨選択の構造を具体化することが見込める。この構造を具体化する作業は、18~19世紀の朝鮮白磁がどのような原理のもと製作されたのか解明する作業ともいえ、朝鮮白磁の研究において重要な意義をもつといえる。とくに1922年に浅川伯教が雑誌『白樺』9月号に収録された「李朝陶器の価値及び変遷に就いて」で言及した日本人陶工の渡鮮について検証し、モノのみならずヒトの面にも焦点を当てる点に本調査研究の特徴がある。―75―

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