鹿島美術研究 年報第38号
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ローマ帝政初期の風景画とその自然観に関する研究【目的】研究者:栃木県立美術館学芸員、東北大学大学院文学研究科博士課程後期武関彩瑛本研究は、帝政初期の古代ローマ壁画における風景表現と実景との関連を示し、ギリシア美術の影響を受けつつもローマ絵画が生み出した独自の風景表現を明らかにすることを目的としている。実際の地理的状況との比較しながら論じられてきたトポグラフィー的表現とは異なり、神話画の背景に描かれた風景表現は主に理想的表現として論じられてきた。しかし、神話画の人物表現がある種の型を用い、同じ形を踏襲しながらコピーされたことが想定されるにもかかわらず、背景の自然風景描写には形の繰り返しが確認されないため決まった型があるとは考えにくい。本研究ではこの違いに着目し、風景描写には型や手本ではなく実際の周囲に広がる風景から着想を得ていた可能性について考察する。【意義・価値】古代ローマの風景に関する研究は、理想的表現と現実の風景とが切り離されて論じられることが多かった。そこで本研究は、理想的表現とされてきた自然描写に、周囲をとりまく環境からの影響を見出そうとし、その実現のために異分野の資料を参照する点において独創的である。さらに、コピーされた同主題・同構図の絵画にみられる風景描写の差という視点から風景に対するローマ人たちの意識を探ろうとする手法は、これまで風景画研究において試されておらず、本研究の独自の手法である。加えて、帝政初期までのローマ美術のなかに時代的な変化を探る縦軸と地域間の差異を探る横軸を設定することで網羅的にローマ人の自然観の変化に着目する。そうすることで、単純な図像学的比較では見逃されてしまう可能性のある自然描写と現実世界との深い関連を指摘することができる。また、これまでの古代ローマ美術史・考古学における現実の風景に関する研究は、遺構や堆積物から景観の再構築を試みるという手法に留まり、実際にローマ人たちがそれらをどのように受容していたのかという考察には至っていない。本研究が完成した暁には、これまで理想的表現としか捉えられてこなかった自然描写が現実世界の写―82―

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