『焔と色』(牧野書店、1941年/ステファン・ポラチェック作)のエピソードを民藝の思想と関係させながら紹介している(『月刊民藝』1941年8月号)。式場がゴッホ普及と民藝運動双方に関わったことで、ゴッホの生涯と民藝の思想は世間で強力に交わりながら受容された可能性がある。この点について実証的に研究していきたい。二点目は、式場が民藝運動を通して得た知見と式場の多彩な仕事との関係性である。例えば、式場が昭和20年代に企図した複製美術振興の取り組みと民藝の思想には深い関連があると思われる。式場は、印刷業界関係者との座談会で、式場のゴッホ展が契機となって一般の人々の複製画需要が高まるなかで、「原画第一」とする日本人の複製美術に対する価値転換を図る主張を展開し、更なる振興を働きかけた[山田2021]。すなわち、これは名画を日常生活の中で活用することを主張したもので、有用性を重んじる「民藝」の思想を敷衍したものと捉えられないだろうか。式場の活動には柳や民藝の思想からの種々の影響が読みとれる。これについて丁寧に読みとくことで、式場の多彩な活動の本質、それが及ぼした社会への影響を検討したい。研究を行うに際しては、まず式場の著作を悉皆的に調査・精読する。特に日本民藝協会の機関誌である『工藝』、『月刊民藝』(『民藝』)には、隈なく目を通す。また、新聞・雑誌記事等の中から、式場の著作の書評や活動について言及しているものを探し出し分析する。さらに、所属先である「式場隆三郎記念館準備室」が管理する式場隆三郎旧蔵資料に含まれる民藝運動関係者、芸術家等からの書簡、他機関所蔵の隆三郎差出の書簡についても悉皆的に調査する。複製美術振興の取り組みについては、既に若干の研究を行っているため[山田2021]これをベースとして民藝の思想との関連性を実証的に検討していく。それに際しては、日本印刷新聞社発行の機関誌『印刷界』や印刷関連企業の社史、式場隆三郎旧藏資料中のゴッホ複製画展の関連資料(全国約30会場分の主催者、関係者からの書簡や新聞記事等)を精査する。本研究は、これまで個々に捉えられてきた式場の事績を横断的に捉え、より精密に式場の実像、式場の活動が与えた日本近代美術史への影響を描き出すことに繋がるものと考える。さらに、民藝運動の実践的側面に関する研究の底上げにも寄与すると思われる。(参考文献)・木下長宏2002「式場隆三郎美に魅せられた医家」『近代画説(明治美術学会誌)』通号第11号・水尾比呂志1992『評伝柳宗悦』筑摩書房・ 山田真理子2021「式場コレクションによる『ゴッホ展』の周縁―複製美術の振興と『ゴッホ工―84―
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