― 86 ―㊷ 羅聘の制作に関する研究 ―「鬼趣図」を中心に―③ 近代朝鮮における新たな女性史の実相を明らかにする。封建的な性格の強かった書画界において、女性が書、書画の担い手として登場したことは、近代的な女性の主体性ならびに自立性をも意味するのではないか。その点について彼女らの書画活動を通し、明らかにできると考える。研 究 者:京都国立博物館 研究員 森 橋 なつみ本研究の目的は、絵画の商品化がすすみ、大量生産・流通する時代となった清朝中期において、顧客の需要に応えるかたちでいわゆる“売り絵”としての質に俗化していく傾向がある一方で、高い素養をもって絵画伝統や宗教観に結びついた制作がなされていた事例を明らかにすることである。今回研究対象とした羅聘は、「揚州八怪」と呼ばれる書画家の一人であり、経済活況に華やいだ揚州を拠点として、各地を訪れて売画生活をし、広く画名を得た。羅聘をはじめ揚州の書画家たちは、詩書画篆刻など文人的素養をもつものが多かったが、社会的・経済的エリートであった文人とは異なり、官位を持たず(あるいは失い)、売画で生活するという職業的な性格も併せもっていた。彼らの芸術は、詩情や内面性を発露させる自由で洒脱な表現に個性を獲得しており、倣古(過去の大家にならう)を旨とした“正統派”が次第に陥っていた形骸化や閉塞感を打破して近代的作家像の先駆けとなり、絵画史上の大きな転換点となったと評価される。ただし、糊口をしのぐため、また絵画市場の発達による商品としての絵画の量産が背景となって、羅聘のような画家はかなりの数を制作しており伝存作例も多いが、そこに贋物も多く含まれているという点に注意が必要である。量産されているという認識が先立ち、真贋の判断が曖昧であり、それによって画家本来の画業を正確に把握できていない現状があるように思われる。筆者は、2021年の夏に大阪市立美術館において開催された特別展「揚州八怪」を企画担当し、羅聘をはじめ関連の書画家の作例を多く実見調査したが、非常に高い水準の作例が見いだされる一方で、よく知られている作例を含めて真蹟とはみなしがたいものが相当数あった。この調査をとおして、羅聘など揚州八怪とよばれる画家たち評価は、いまだ検討の余地を多く残していることを認識した。
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