鹿島美術研究 年報第39号
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― 87 ―㊸ 中世の写本表現における『雅歌』本研究でとりあげる羅聘は、18世紀の絵画史を代表する揚州八怪に挙げられる画家の一人であり、師の金農(1687■1763)とともに当時の芸苑で特筆される活躍をした。若年より金農に詩画を学び、ときに代筆さえ行ったと言われるが、羅聘の芸術観に金農は少なからぬ教示を与えていると考えられる。また、羅聘は揚州で開催された盧見曽(1690■1768)の大規模な雅集に参加して人脈をひろげ、■板橋(1693■1766)、丁敬(1695■1765)、袁枚(1716■1798)ら著名な芸術家と交わった。また、北京に三度赴いて翁方綱(1733■1818)や法式善(1752■1813)ら高官の文化サークルの中で活躍した。このように羅聘は当代一流の文化人のネットワークに属しながら、自身の芸術を洗練させていったと考えられる。本研究が中心的に考察する「鬼趣図」も、揚州や北京の人的交流の中で鑑賞され、高く評価されたものである。本研究によって、市場経済とともにあった18世紀の市井の画家である羅聘の再評価が進めば、より洗練された芸術性とともに彼の実態が見直される機会となるであろう。絵画伝統の継承や宗教観の反映、当時の芸苑において醸成された芸術観、文化人ネットワークにおける受容など、羅聘の鬼趣図は多角的な検証を必要とするものであり、画家個人にとどまらず同時代の書画家や芸術文化に敷衍して全体的な研究の推進につながるものと考えている。研 究 者:日本学術振興会 特別研究員PD(東京藝術大学)  仲 間   絢初期中世以来、写本挿絵のイニシャルを飾る『雅歌』の人物像は頻繁に登場するようになり、イニシャルを構成するのは、花婿・花嫁であり、多くの場合、キリストと教会の女性擬人像(教会のモデルをもつ女性像)、あるいは聖母マリアであった。たとえば、10世紀のライヒェナウ派により制作された〈バンベルク雅歌■解〉(バンベルク州立図書館所蔵、Msc. Bibl. 22)の写本挿絵では、ロゴスとしての花婿であるキリストが『雅歌』の冒頭の章句のイニシャルOの中に鎮座し、花嫁は教会として彼の側に描かれている。それとともに、教会の擬人像が花嫁たちの代表として、信者を引き連れ、花婿キリストへと導く姿も描かれている。抱擁、接吻による愛の仕草が描かれ、また、手を取り合う、肩や顎などの身体の一部に触れるものもある。人物像が手にした文字の帯には『雅歌』から引用した句が記された。このような愛の身振りはま

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