鹿島美術研究 年報第39号
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― 88 ―さしく『雅歌』の花嫁神秘主義に基づくもので、聖母マリア崇敬が台頭したゴシック期にはしたがって、『雅歌』を重んじた写本挿絵はますます重要な意味を持ったと考えられる。写本挿絵に関する『雅歌』研究は美術史学の領域ではまだ少なく、したがって今後の研究の深化が求められるが、本研究は新たな観点から貢献できると考えている。筆者がバンベルク大聖堂の彫刻群の分析を出発点としてはじめた『雅歌』の花嫁神秘主義についての研究において、バンベルク大聖堂の宝物の代表作品のひとつである〈バンベルク雅歌■解〉の分析を引き続き行い、またゴシック期に都市への進出した托鉢修道会の宗教的原理のひとつである「女性の霊性」が根底にある修道女の写本挿絵など、教会のみならず、広く世俗的な内容をもつ写本挿絵を含む『雅歌』思想の受容について写本表現を例に考察していく。筆者は中世の写本における『雅歌』表現の第一人者であるジェフリー・F・ハンバーガー教授との共同研究により、来年1月から1年間ハーバード大学美術史・建築史研究科でリサーチ・アソシエイトとして研究に専念する。ハンバーガー教授から助言を受けるのにくわえて、中世美術関連の豊富な文献・画像資料を所蔵する当大学での調査は本研究にとって貴重な環境を与えてくれると思われる。また、引き続き、ミュンヘン中央美術史研究所やバンベルク州立図書館での研究調査を進めることで、それぞれの国の特色のある研究手法を取り入れながら、多角的な視点でもってこれまでの『雅歌』研究とハーバード大学でのさらなる在外研究を踏まえて、国内外での成果発表を目指す。西洋中世は新たな聖母マリア崇敬の興隆とともに、女性が芸術作品の表現の根幹に置かれた、女性崇拝の時代といえる。そのため、このような西洋中世特有の文脈を考慮に入れた、より根源的な解明がまさに必要となるのだが、本研究では、聖母マリア崇敬の主要原典であった旧約聖書『雅歌』の花嫁神秘主義に基づく芸術作品を多角的に考察することでそのような女性性の解明に資することを目的としている。これまで体系的な研究がなされてこなかった、聖母マリアの表象と『雅歌』の花嫁神秘主義の女性性について、新たな方法論を構築するにあたり、『雅歌』表現の様式的・図像学的分析にくわえて、イメージがどのように成立し、また、受容されたかという芸術家や鑑賞者の立場を考慮したイメージ学的観点を重視する。

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