― 90 ―㊺ 増上寺所蔵五百羅漢図における僧俗文化の多重性【意義・価値】本作の描写は余白をほとんど残さない濃厚な色彩を保ち、精緻で、なおかつ西洋画法を用いる新奇な面もある。また、正統な仏教教義を背景としながら、民間信仰に取材した描写も多分に含まれている。このことから、本作は仏画としても近世後期の絵画としても稀な作例として、これまで絵画史上に具体的に位置づけられることがためらわれてきた。て、「洗練されている」といった評価を与える研究者も多い。その理由はおそらく単なるモチーフの借用にとどまらず、その工芸的性質や平面性といった様式的な水準まで受容し、巧妙に独自の様式として取り込んでいったからだろう。確かにそのような観点からすれば、晩年の作品は具象的なモチーフを散りばめた異国趣味的な作品に堕しているように見える。しかし、この作風の変化が画家の東洋美術への関心の変容と当時の社会的・文化的背景とパラレルにあると捉えれば、晩年の作品を新たに意義づけることができると報告者は考えている。そのため、本研究はこれまで看過されていた、クリムトの作家像と作品の魅力に迫ろうとするものである。研 究 者:フリーランス 白 木 菜保子本研究の意義は、近世後期に行われた考証学を観点とし、『集古十種』の編纂以降、知識人の間で盛んになった考証学の足跡を絵画上に見出すことにより、本作に関わった人物の文化的関心が仏教文化の外側にも広がっていたことを明らかにし、本作の描写の整合性をとることにある。近世の考証学は事物の起源と来歴の追究を主な目的としており、後の百科事典の編纂や書誌学の俎上となったが(注3)、このような広範囲の対象物への関心は、本作に描かれた様々な景物を絵師が一つ一つ描写し、梵土の景として表したことに近い精神性を持つと思われる。本作と考証学との関わりについて絵師あるいは学僧のどちらに比重が大きいのかを考える必要があるが、本作と考証学との関連が明らかになれば、幕末の仏教絵画に多様な文化が反映された事情が鮮明になり、これまで近世美術史の空白に取り残されていた本作を、近世文化という秩序の中に据えることが可能となる。(注3) 表智之「〈歴史〉の読み出し/〈歴史〉の受肉化―〈考証家〉の一九世紀」『江戸の思想』7、1997年11月
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