― 92 ―し、文化交流と比較文化の視点から絵画作品を解読し、同一の対象を異なる文化がどのように理解していたかに関心をもっている。美術史研究の領域では、異文化理解に関するものが盛んになっているように思われる。歴史上のある共同体(民族、国家)が、他の共同体をどのように価値づけ、評価してきたかという問題を、様々な時代において明らかにしようとする試みであろう。ある共同体の外から現われる、いわゆる他者の問題を扱う研究である。他者のイメージは多くの場合、自国民のアイデンティティーの裏返しとなっていることが明らかになりつつあり、すなわち異民族や異文化のイメージは、自らの属する共同体の様々な問題の反映として現われることが知られている。日本国内の朝鮮通信使行列図作品に関して、幕府や各藩によって制作された絵巻物や屏風は、朝鮮通信使の来日の記録の役割も果たしながら、制作側の権力誇示にも使われたことがわかり、一方、浮世絵など庶民を対象にする絵では好奇心豊かな日本の庶民の価値観や異国観が朝鮮通信使の表現にも表わされているのがわかった。朝鮮通信使を描いた絵師の立場や身分による見方の違いが絵画に現われている。こうしたことを明らかにすることで、異国人の描き方という図像学的見地から日本美術史の研究に新たな角度からアプローチできる。陸路を描いた行列図と同じく多く描かれた船団図だが、行列図のように道沿いの近くで見ることができず、朝鮮通信使たちも行列の時のようにきちんとした服装もしていない。つまり見られることを前提にしていない状態で描かれているのである。このような状況での船団図はどのようにして描かれたのか。日本は海に囲まれており、船は身近なものでもあり、関心が高かったであろう。実際に淀川では川御座船に朝鮮通信使を乗せて接待しており、その様子も絵画に残している。近年、朝鮮通信使が朝鮮から乗って来た朝鮮の船の船団図がイギリスで発見されている。記録による朝鮮通信使の6隻の船がすべて描かれており、そこに乗っている朝鮮通信使たちも詳細に描かれている。申請者は本研究で、新しく発見されている作品と日本国内の既存の朝鮮通信使船団図の比較・分析を通して、制作当時の歴史的・政治的・文化的状況から、日本人の異文化に対する価値観も探りたい。
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