― 93 ―㊼ 近代彩色牙彫の総合的研究 ―安藤緑山とその周辺を中心に―研 究 者:三井記念美術館 上席学芸員 小 林 祐 子従来の近代彫刻史研究は、高村光雲、平■田中らの木彫、高村光太郎、荻原守衛などのブロンズ像を中心におこなわれており、象■彫刻については、海外向けの輸出工芸品としてその多くが制作されたことから、技巧主義に陥った卑属なものをして、長らく研究の対象として見なされてこなかった。この偏重を解消し、■彫を近代彫刻史、近代工芸史のなかに、正しく位置づけることが本研究の最終的な目的である。■彫研究が立ち後れた原因のひとつとして、■彫が「工芸」と「彫刻」というふたつの研究分野にまたがる存在であるがために、研究分野の端境に陥ってしまったことが挙げられよう。現在、一般に彫刻といえば、木彫、ブロンズ像、石像などを指し、■彫を含むことは少ないが、■彫が誕生した明治時代のある一時期までは、木彫も■彫も同じ彫刻として見なされていたのだ。しかし、オーギュスト・ロダンに代表されるように精神性を宿した彫刻でなければ芸術でないという思潮が生まれ、対象をそっくりそのままに写すことは職人技として、芸術の範疇から除外されていったのである。輸出工芸品の主力であった■彫も、そのような職人芸の産物として、いつしか美術史的評価の対象から外されてしまったのであろう。しかしながら、■彫の中には、安藤緑山の作品のように、圧倒的な技術力を有する、いわば日本人のものづくりのひとつの到達点が示されているものもある。緑山を中心とする彩色■彫の研究は、近代彫刻、および近代工芸における■彫のあり方を再考する契機になると考える。そこで本研究で筆者は、安藤緑山研究において課題として残されている彩色法等の制作技法の解明を目指し、X線透過撮影、X線CTスキャナ撮影、蛍光X線分析などの作品の光学的調査を実施する。併せて安藤緑山以外の彩色■彫の作者(中川竜英、中川寿雄、高木芳真など)の作品の美術史的調査、および光学的調査をおこない、緑山作品の制作技法と比較・検討することで、各々の特質や影響関係を明確にしたい。これらの作品調査と並行して、彩色■彫に関する新聞・雑誌・博覧会記録などの文献資料調査をおこない、彩色■彫についての多角的な考察を試みる。以上の調査・研究を通して、まずは彩色■彫の制作技法などの特質を解明し、■彫を近代彫刻史、および近代工芸史のなかに位置づけるための足がかりとしたい。
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