鹿島美術研究 年報第39号
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― 30 ―とし、「戸籍や身分制」「土地」「職業」の再編に注目して、調査研究を進めたい。後世に出版された書籍や「東京美術学校履歴書」に留まらず、当時の動向を確かに伝える同時代資料にこだわり、史実の蓄積を試みたい。「調査研究の実施状況」に詳しく記すが、筆者はこれまでも明治期の狩野派の動向を同時代資料をもとに確認してきた。朝臣化した狩野家(旗本)については、東京都公文書館が所蔵する重要文化財「東京府・東京市行政文書」や防衛省防衛研究所が所蔵する公文書に見過ごせない記録が確認できる。後者には明治期の狩野派絵師と海軍の関係を示す書類が複数確認でき、本調査研究の対象となる重要な資料群の一つである。防衛省防衛研究所の資料から紡ぎ出される知見として、例えば、鍛冶橋狩野家の狩野探美が德川宗家に恭順し、静岡藩に属したにもかかわらず、明治3年に海軍操練所製図生を申し付けられたことを挙げることができ、探美は明治政府に出仕した狩野派絵師として最初期の人物であると言える。德川宗家に従いながらも、早々に明治政府に出仕することになった経緯は不明であるが、このように同時代資料を精緻に確認することで、狩野派絵師の動向を概観しただけでは気づかない課題があぶり出される。また、狩野派には各藩の御用絵師が学び属しており、そのような地方の狩野派絵師の幕末から明治前期の動向を把握するには、地元の公文書を紐解く必要があろう。そのためにも各地に散在する文書・記録の内容から狩野派関連の記述を見つけ出す基礎調査を行いたい。上記の研究の意義や価値は、近代美術史のみならず、近世美術史への貢献も期待できる。近年の近世絵画研究、特に狩野派研究の研究対象は時代が下る傾向にあり、幕末狩野派への関心も高い。2018年には静岡県立美術館で「幕末狩野派」展が開催されるなど、幕末の狩野派が取り上げられる展覧会も少なくない。また、狩野派絵師の維新期の身分制(戸籍)の変遷を整理する本研究は、近世史で注目されつつある旗本研究や幕末維新期を対象とした歴史学などにも資するものである。つまり、幕末維新期の狩野派絵師の動向を捉える本研究は、美術史と歴史学(幕末維新期)の両者に貢献するものであり、そして、その両者を繋ぐ基礎研究と位置づけられる。

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