― 33 ―⑤ 橋本関雪にみる中国観の研究研 究 者:福岡県立美術館 学芸員 中 島 由実子本研究の目的は、従来の橋本関雪研究を補完し、同時に近代日本絵画史、とくに戦前期における日本の画家による中国表象の一例を明らかにすることにある。橋本関雪の研究については、西原大輔『橋本関雪―師とするものは支那の自然―』(ミネルヴァ書房、2007年)、作品研究については、斎藤全人「橋本関雪『進馬図』の制作背景をめぐって」(『三の丸尚蔵館紀要』15、宮内庁三の丸尚蔵館、2008年度)、飯尾由貴子「橋本関雪《木蘭》考」(『生誕一三〇年 橋本関雪展』展覧会図録、兵庫県立美術館)が存在する。西原の研究は、関雪についての伝記的書籍であり、人物史がわかりやすくまとめてあるが、作品についての検討は十分であるとは言えない。また、作品研究については、関雪の作品数に対して、また同時代に同様に活躍した画家らに比して、決して多いとは言えず、まだ検討・評価の余地の多いにある画家であると言える。戦前期の日本人による中国表象については、ラワンチャイクン寿子ほか編『東京・ソウル・台北・長春―官展にみる近代美術』(福岡アジア美術館、府中市美術館、兵庫県立美術館、美術館連絡協議会、2014年)『日韓近代美術家のまなざし―『朝鮮』で描く』(福岡アジア美術館、岐阜県美術館、北海道立近代美術館、神奈川県立近代美術館、2015年)などで検討されているが、描かれる対象は主に同時代の中国であり、当時の画家の異国趣味的な関心による、民族衣装を身に纏った女性の姿や、労働の合間の休息をとる人々の様子である。関雪にも時代風俗を描いた作もあるが、特に注目すべきは、同時代風俗を取り入れつつ描かれた中国故事や漢籍を主題とした作品を制作していることである。こうした作品は今のところ他の作家に例が確認できていない。漢籍に明るく、実際に何度も中国を訪れた画家であるからこそ可能であった制作である。近代の中国表象については、確かにいくつかのパターンのようなもの、流行や求められた図像のようなものが存在するが、そこに数えることができない作品があることを示すことで、より当時の画家による「中国」の捉え方の厚み、多様性が明らかになる。本研究が、橋本関雪の生誕150年もしくは没後80年展のような周年展の開催に繋が
元のページ ../index.html#48