鹿島美術研究 年報第39号
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― 34 ―⑥ 岡田米山人・半江の文人画研究り、『生誕130年記念 橋本関雪展』(2013年、兵庫県立美術館)でようやく触れられた関雪の中国を主題とした作品を、さらに掘り下げる内容の展示紹介を行い、充実した論考を掲載した図録を作成できればと思う。関雪の回顧展として、画家の制作の流れを示しながら、関雪を取り巻く近代の様相を併せて紹介することで、関雪が描く「中国」が従前の中国古典の世界とは異なり、同時代の画家の描く「中国」とも異なることを示したい。また、本研究を最終的には博士論文の作成へとつなげたい。さらには、関雪の作品をまとめたカタログ・レゾネの満足なものが存在しないため、そうした書籍の編纂へとつなげていきたい。研 究 者:三重県立美術館 学芸員  村 上   敬本調査研究は、岡田米山人(1744■1820)とその子岡田半江(1782■1846)について、作品群の編年を行い、両者が仕えた津藩との関係に着目し、両者の事績を明らかにするものである。本調査研究の目的は、米山人、半江の作品理解の基礎とすべく、不明な点の多い両者の事績を検証する。同時に、伊勢(三重県)における大坂文人の交友の意義についても考察する。これまで、伊勢における文人交流は、松坂を拠点に、池大雅、韓天寿、青木夙夜など、京都の画家が注目されてきた。また、かつて伊勢出身の画家とされた曾我蕭白も、京都の画家である。一方、津以北においては、大坂の文人画家による交友が盛んであったと考えられる。現在までに判明している米山人、半江の事績によれば、両者は大坂を拠点に文人画家として活動し、津藩に仕え、その大坂蔵屋敷に一時住したことが知られている。現に、大阪府や兵庫県には両者の作品が多く伝世している。一方で、三重県内にも、多くの作品が伝わっており、木村卓素など半江の弟子とされる画家もいる。また、半江については、一説に津で生まれたとされる。この点、米山人の活動を詳らかにすることで、半江の出生地が明らかになることが期待される。米山人、半江の作品については、研究誌『國華』『古美術』で紹介された代表作など一部が知られているが、画業全体を知るための作品目録はいまだ作成されておらず、落款印章の編年も途上といえる。本調査研究では、関西圏を中心に、美術館、博

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