鹿島美術研究 年報第39号
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― 39 ―⑩ エーゲ美術におけるオリエント世界の太陽神信仰の影響研 究 者:日本学術振興会 特別研究員PD(筑波大学)  小 石 絵 美東地中海世界の一部であるエーゲ世界においても、類似した図像が確認され、これまで多くの研究者が図像や宗教場面の解釈を試みたが、エジプトやオリエント世界のような詳細な解明には至っていない。その理由を端的にいうならば、エーゲ世界には文学などの高度な文字資料が存在しないことがあげられる。線文字Bなどの文字資料は存在するが、これらは行政や宗教などの物品の記録のようなものであり、これらの文字資料から信仰されていた神々や、その宗教儀式などの詳細な目的や手法を解明するのは困難である。本研究は、図像に着目し、オリエント美術との図像の共通または相違に着目することで、東地中海地域というグローバル世界における共通性から、エーゲ地域の特性を捉えること、すなわち、エーゲ世界における、オリエント世界の宗教・美術の受容と独自の展開を明らかにすることが目的である。エーゲ世界とオリエント世界の影響関係を扱うテーマは、近年の国内外の研究動向とも一致する。前17世紀以降のエーゲ世界は、クレタ島とギリシア本土でそれぞれ興ったミノア文明とミケーネ文明が繁栄した時代である。ミケーネ文明はミノア文明から強い影響を受け発展し、美術においても「ミノア・ミケーネ美術」と呼ばれるほど両美術は融合した。先行研究において、多くの研究者たちによりミノア・ミケーネ美術からミノア美術とミケーネ美術をそれぞれ独立させる試みが行われてきたが、未解決の問題としF. ブローデルや、近年ではE. H. クラインなど多くの研究者が述べるように、前17世紀以降の東地中海世界、すなわち、エーゲ世界、そしてエジプトを含めたオリエント世界は、大小さまざまな文明間において、侵略などの戦争を頻繁に繰り返しながらも、商船が往来し、経済的にも相互に依存しあうグローバル世界であったと考えられている(ブローデル, F. (2008). 『地中海の記憶―先史時代と古代』尾河直哉訳,藤原書房 (Braudel, F. (1998). ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■. Édition établie par Rosemyne de Ayala et Paule Braudel. Préface et Notes de Jean Guilaine et Pierre Rouillard. Paris);クライン, E. H. (2018).『B.C. 1177―古代グローバル文明の崩壊』安原和見(訳),筑摩書房 (Cline, E. H. (2014). ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■, Princeton))。こうした東地中海世界の図像の共通性は、研究者たちの間で広く認められ、生と死をつかさどる太陽神に関する図像もその一つといえる。

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