― 40 ―⑪ 中国南北朝隋唐時代における仏僧の墓葬と肖像制作に関する研究て残されている。本研究で行う図像の年代推移に伴う地域分布のような比較研究は、この問題を解明する研究への貢献が期待される。本研究で扱う資料は、主に土器、棺、印章、壁画に表される図像だが、なかでも宗教場面を表す作例数は、印章が最も豊富である。印章はレリーフ状の絵画的な表現媒体ではあるが、泥封などの実用的な役割を担うため、当時の人々にとって、印章の図像は絵画というよりも、むしろ印章の所有者や品物を表す「記号」として認識されていたと推測される。こうした印章の素材には、希少価値の高い黄金などの高価な素材から、ギリシア国内で容易に入手可能な廉価な石材まで用いられた。印材の価値という観点からは、社会的に高位の人物が、特別な図像を施した高価な印材で作られた印章を所有することや、現代日本の三文判のように、ありふれた図像が廉価な印材で作られたことが推測され、印材の価値が図像の価値や、その所有者にも関連すると考えられる。印材に着目した研究は、エーゲ世界の印章研究では近年始められたばかりの研究手法であり、この新たな手法を用いて、ミノア美術とミケーネ美術のそれぞれにおいて、図像の年代・地域分布の変化とともに、図像の価値の変化を■ることによって、エーゲ美術の展開を解明する研究に、新たな視点が得られることが期待される。研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程 稲 葉 秀 朗本研究は、中国河南省安陽市所在の霊泉寺塔林に多数現存する、隋唐時代の仏僧の「遺影をともなう墓塔龕」を取り上げ、中国南北朝隋唐時代における仏僧の墓葬と肖像制作の関係を論究するものである。中国美術史上、「墓葬」も「肖像」も共に一大分野をなしうる重要なテーマであり、それぞれに関する先行研究の蓄積は豊富である。また、墓室・棺槨・副葬品などに故人の姿があらわされた墓主像を対象とする研究など、墓葬と肖像の関係を通じてそこへ反映された霊魂観や宗教観、あるいは時代、社会、文化的背景が論じられることも多い。仏僧の場合についても同様に、墓葬と肖像のそれぞれの分野に関して精緻な研究が進められている。たとえば、墓葬については僧伝や墓誌を用いて唐代の仏僧の葬法を
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