鹿島美術研究 年報第39号
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― 42 ―⑫ モーリス・ドニの公共建築装飾研 究 者:広島県立美術館 学芸員  森   万由子モーリス・ドニ(1870■1943)は、近年、「オルセーのナビ派展」(三菱一号館美術館、2017年)、「画家が見たこども展」(同館、2020年)をはじめ、ナビ派の画家として日本でも紹介される機会が増えている。そして、フランス本国では、「ナビ派と装飾展」(リュクサンブール美術館、2019年)が開催され、ナビ派の画面がもつ装飾性という表現の面、および実際に彼らが手がけた装飾美術という作品形態の両面から、ナビ派の「装飾」というテーマに注目が集まった。しかし、これらの展示で取り上げられたドニの装飾美術は、ナビ派としての活動時期にあたる画業初期の私邸装飾にまつわる作品が主であり、1910年代以降に手がけた公共建築装飾に関しては含まれていなかった。同分野については、「イーゼルを越えて展」(シカゴ美術館、2001年)の第2章において、ナビ派の画家たちによる1900■30年代の装飾美術が包括的に取り上げられ、またシャンゼリゼ劇場天井画《音楽史》(1912年)やプティ・パレ階段室の天井画《フランス美術史》(1925年)、ジュネーヴの国際労働事務局壁画《労働者たちとキリスト》(1931年)など、いくつかの作品については個別の論考が書かれている。しかし、ドニの公共建築装飾全体に焦点を当て、横断的にその表現を考察した研究は未だ少ない。その理由として、設置場所からの移動が困難なために、展覧会という形での紹介が難しいといった物理的な要因に加え、ナビ派の活動収束後の画家の仕事が、未だ再評価の途上にあることが挙げられよう。本研究では、モーリス・ドニの公共建築装飾に着目し、それぞれの作品について、現場での実見と撮影、一次資料、習作などの現地調査を行い、建築との関係性を含めた制作の経緯を明らかにする。ただし、アトリエ・ダール・サクレの設立をはじめとする活動により、熱心なカトリック信者である画家が先導し、数多く手がけた教会装飾に関しては、特定の芸術分野として別の文脈で捉える必要がある。本研究では、対象を絞るためにも、教会装飾に関しては参考に留めることとし、世俗の場に設置されたものを中心に調査を行う。ドニの公共建築装飾において、特に着目したいのが、他の芸術作品からの引用表現である。シャンゼリゼ劇場天井画《音楽史》では、古代から同時代までの音楽史における重要作を取り上げ、衣装や身振りによりそれらの音楽作品を示唆する擬人像を、

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