― 50 ―⑱ 国立マルチャーナ図書館の装飾とティツィアーノ作《叡智》はまる。特に教会建築は独立した無目的な建造物ではなく、特定の宗教的目的のもとで建造されたものであり、また様々な点で彫刻や絵画などの図像と強い関係をもつ、中世宗教芸術の複合体であると言っても良い。しかし、中世美術史の文脈の中で、文書資料とともにその象徴性が紹介される際には、象徴に関する記述の一部が引用されるのみで、その記述の思想史上の位置付けや文脈、文書資料の性質そのものについては十分に顧みられることがなかった。これは本邦だけでなく、海外においてもしばしば指摘される問題である。また思想史の面からも、象徴解釈の研究は副次的かつ個別的なものと見做されがちで、脚光を浴びることが少なかった。特に『聖務の理論』は中世におけるキリスト教の象徴理解の基礎をなす重要文献とされながらも、その紹介は極めて部分的なものである。それは全世界を見てもいまだ体系的な研究がなされているとは言いがたく、本邦においては抄訳すら公開されていないのが現状である。しかし昨今、次第に注目を集めており、特に最近では、同書は単純に既存の象徴を紹介するだけではなく、独自の神学的ビジョンを持つものであると指摘されている(cf. Stephen Mark Holmes, Reading the Church- William Durandus and a New Approach to the History of Ecclesiology, ■■■■■■■■■■■■ 7 (2011) p.29‒49)。こうした研究に鑑みるなら、同書を総合的に考察することで、中世の象徴の意義と働き、その実際について問い直すことも可能であろう。同書の思想的広がりや独自性を分析することは、中世キリスト教美術に通底する象徴性を、その基本的世界観から理解することにも繋がるだろう。それによってテキストとイメージを架橋し、本邦においてその魅力がしばしば紹介されている中世キリスト教美術の理解を一層深化できるのではないかと考えている。研 究 者:慶應義塾大学・日本女子大学・東邦大学・目白大学 非常勤講師 従来の《叡智》に関する研究は、様式論、図像解釈、設置場所の機能などの論点を別個に取り上げてきた。だが、本研究は、造形表現、主題解釈、意味内容、玄関ホールの用途、大階段の装飾プログラム、図書館が建設された政治的、文化的背景などを緊密に関連づけながら作品分析を行い、新たな解釈を提示するという点に意義があ細 野 喜 代
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