― 51 ―⑲ 白隠慧鶴筆「蛤蜊観音図」に関する研究る。本研究でマルチャーナ図書館の建設と装飾の特徴を明らかにすることによって、ルネサンス期のイタリアで建設された他の図書館との比較も可能となる。現在、国立マルチャーナ図書館は約100万冊(13,000冊の細密画入りの手稿、2,883冊のインキュナブラ、24,055冊の16世紀に出版された印刷本を含む)の蔵書を誇り、今も図書館として機能している。きっかけは、15世紀後半にベッサリオン枢機■が自らの貴重な蔵書をヴェネツィア共和国に寄贈したことであった。だが、当時領土拡張政策を取っていたヴェネツィアは、寄贈された書物を箱に入れたままドゥカーレ宮殿の一角に積み上げて放置した。1509年にカンブレー同盟戦で敗北すると、ヴェネツィアは文化国家へと政策を転換し、アンドレア・グリッティがドージェに就任すると、サン・マルコ広場周辺の「都市改装」事業が開始され、図書館建設はその中心であった。図書館がサン・マルコ小広場に面し、ドゥカーレ宮殿と向かい合っている立地からもその重要性がわかる。サン・マルコ聖堂の主席建築家に任命されたヤコポ・サンソヴィーノは、政府の期待に応えて古代風の様式で図書館を設計し、ヴェネツィアに初めて本格的な古典主義のデザインを導入した。そして玄関ホールの天井の中央にティツィアーノ作《叡智》が設置され、図書館は完成した。本研究は、この国家の威信をかけた一大公共事業において、ヴェネツィア共和国の公認画家ティツィアーノが果たした役割を明らかにできる。さらには、玄関ホールの天井装飾とドゥカーレ宮殿の「大評議会の間」のヴェロネーゼらによる天井画(1578■80)を比較し、影響関係を指摘する点にも本研究の独創性がある。研 究 者:德川記念財団 学芸員 柿 澤 香 穂本研究の目的は、白隠慧鶴筆「蛤蜊観音図」について、白隠独自の図像表現の着想ティツィアーノ作《叡智》、1560年、カンヴァス、油彩、177×177㎝、ヴェネツィア、国立マルチャーナ図書館、玄関ホール、天井中央の八角形の画面。周囲のクアドラトゥーラは、ブレッシャ出身の画家クリストフォロ・ローザとステファノ・ローザ兄弟によって1559年に制作。
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