鹿島美術研究 年報第39号
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― 53 ―⑳ 伊藤若冲の鸚鵡図に関する研究ある。そこには、白隠が偉大な宗教者であるが故に、一般の絵師からは異質な存在として認識されてきた背景が考えられる。よって、表現の特異性についても「新奇」であるとされながら、なぜそうした表現に至ったのか、そしてその着想源についてまでは理解が及びがたく、白隠の精神性に帰着されることが多い。画作について自ら語ることが稀な白隠画を理解するには、畢竟のところ作品自体から考察を進めるしかないのであろう。このような白隠研究が抱える課題において、白隠筆「蛤蜊観音図」における「新奇」な表現の着想源に迫ろうとする本研究は、新たな白隠の実像に迫ることが出来るだろう。加えて、これまで美術史学においてあまり注目されることのなかった「蛤蜊観音図」の画題研究にも寄与する可能性があると考える。研 究 者:城西国際大学 水田美術館 学芸員  山 口 真理子伊藤若冲(1716〜1800)は豪華な装飾の止まり木に鸚鵡が佇む《鸚鵡図》(絹本着色)を画業初期より描いており、現在5点(和歌山・草堂寺蔵、ボストン美術館蔵、千葉市美術館蔵、イェール大学アートギャラリー蔵、『若冲画選』掲載・現所在不明)が知られている。草堂寺本は落款の書体等から宝暦3、4年(1753、54)頃の制作、他の作品はそれより少し下り、宝暦7〜10年頃の《動植綵絵 老松鸚鵡図》の前後の制作と推測できる。当時、外国産の鸚鵡は珍しく、無背景に鸚鵡と止まり木のみを描く作品は中国や日本に先例のない特異な存在である。これまでの研究では、中国の《架鷹図》の翻案や、鸚鵡を肖像的に演出する意識があった可能性、楊貴妃が雪衣女という白鸚鵡に多心経を教えた故事との関連から「見立楊貴妃図」との指摘がされてきた。若冲が《楊貴妃教鸚鵡図》から鸚鵡だけを取り出し、鸚鵡を主役にしたと推定するならば、美人画から花鳥画への展開が行われたことになる。信仰心の厚い若冲が仏教と関わりの深い鸚鵡を独立させたことは、仏教の視点からの考察が必要と考える。そこで、鸚鵡に関する仏教説話や鸚鵡が描かれた仏画を探り、止まり木に多用されている蓮華の装飾にも注目し、若冲が《鸚鵡図》に込めた意図を明らかにしたいと考えている。本研究は《鸚鵡図》の新たな画題解釈を示すことを目的とする。考察の方法として、まず止まり木の装飾に注目する。止まり木は蓮華や如意頭繋の

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