― 55 ―パターン・アンド・デコレーション(以下、P&D)は、西洋の近代美術の大筋において否定されていた装飾を、当時の社会的動向と呼応しながら戦略的に主題としていた作家たちのグループあるいはその運動のことをいう。先行するミニマリズムへのカウンターという解釈に留まっていたが、近年の多元的な視点による美術史再考の一環で、2018年以降、アメリカやヨーロッパを中心に関連する展覧会が相次いで開催されている。なかでも特筆すべきは、2019年から2020年にかけてロサンゼルス現代美術館で、はじめて大規模な回顧展「With Pleasure: Pattern and Decoration in American Art 1972-1985」が開催されたことである。本展では、45名の作家による、絵画から彫刻、陶磁器、テキスタイル、インスタレーション、パフォーマンスの記録を含む作品が展示された。P&Dは装飾と同義とされ、ファイン・アートに対して下位に位置付けられていたアメリカン・キルトなど手工芸的な素材や技術を取り入れ、イスラム、ペルシア、日本など非西洋の文化圏からインスピレーションを得た色彩や模様を重要視していた。他方で、当時のアメリカにおける「他者」に対する関心の高まりにも少なからず影響を受けていた。ヴェトナム反戦運動やフェミニズム運動など、時代を象徴するような市民運動とも連動しており、こうした特徴もまた今日の再評価を促していると言えるだろう。本研究では、上記のようなP&Dの問題意識を解明しながら、そもそもモダニズムに否定された装飾とは何だったのかというところまで■って考察を深めたい。具体的には、20世紀前半の西洋美術における装飾に関する言説を改めて分析し、それを踏まえてP&Dの背景・展開・影響を検証する。先行研究によって、モダニズムを代表する作家たちの表現における装飾性もたびたび指摘されているが、その多くは、あくまで装飾が造形要素のひとつとしてファイン・アートとしての作品に盛り込まれているという指摘にとどまっている。 P&Dの事例は、装飾が表層を覆う単なる飾りではなく、社会の諸問題と向き合い、芸術のヒエラルキーを問い直そうという態度のあらわれである。だからこそ、いかに主流の言説から抑圧されようとも、いずれのイデオロギーにもイズムにも垂直的に帰着することなく、装飾はどの時代も存在し続けた。本研究では、P&Dに着想を得て、既存の美術史的先入観を問い、美術史における
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