鹿島美術研究 年報第39号
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― 56 ―㉒ アクロポリス奉納記念物研究装飾の位置づけのための新しい視座を得たい。研 究 者: アルベルト・ルートヴィヒ大学 フライブルク哲学部 考古学研究所 古典考古学研究科 博士候補生  小 松   誠本研究は、アテナとマルシュアスの彫像の奉納動機をめぐって新たな仮説を提示し、アクロポリスでは競技大会における勝利を記念する場合に、神話上の人物の彫像を建立する事例があったと考えられるとする説の提案を目標としつつ、音楽競技の奉納習慣や競技場面を表す美術作例の特質を幅広く論じることを主な目的とする。これを踏まえて、本研究は上述の4つの論点を設定する。論点1:本作をめぐっては上述のJunkerがこれまでの先行研究における議論の整理をしている。論点1では、アテナとマルシュアス像の複数の復元案を本作のローマン・コピーとアテナイの陶器画に描かれた本作の姿をもとに再検証する。なお、本作の模刻は2点が知られ、それぞれヴァチカンのグレゴリアーノ・プロファーノ博物館及びフランクフルトのリービッヒ彫刻館に収蔵されている。論点2:本作が示している伝承をめぐっては二通りの解釈が提示されている。一つは、アウロスを投げ捨てたアテナがそれを拾おうとしたマルシュアスを打ち据えるという伝承である。もう一つは、アテナがアウロスを発明者であり、マルシュアスはこの楽器に熟達し、それを教え伝える者であるという伝承である。Junkerは丁寧な史料批判に基づき、前5世紀には後者の伝承のみが知られ、前者は後世に広まったものであるとの見方を示した。本研究においても、Junkerの研究に基づいて、本作ではアテナはアウロスの発明者として、マルシュアスはその熟練した演奏者として表現されていたと考える。論点3:前6/5世紀のアクロポリスには知られる限り運動競技大会優勝者によって5点の彫像と1点の肖像画が建立された。この他に、アテナイのアゴラ及びオリュンピアにもアテナイ人運動競技勝利者2名が肖像彫刻を建立していたことが知られる。音楽競技大会の竪琴部門における優勝者がアクロポリスに建立した奉納物2点のうち、1点は竪琴を持つ建立者の像であったと考えられている。勝利を記念する際には、勝利者はアクロポリスに奉納物を建立する習慣があったことが確認される。

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