鹿島美術研究 年報第39号
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― 58 ―内向け製品として不自然でありながら、技術としては中国で培われた伝統に帰属する作品は複数列挙することができる。こうした国境を跨ぐかのような存在が、その産地を導くための鑑識を難しくしている。「唐物」か、日本でそれを模して作った「和製唐物」か、という鑑識をめぐる問題は中世以来繰り返し提起されてきたが、実際には截然と区別しにくいものも少なくない。もとは中国製であっても日本で完全に塗り直された例や、改変された作品はどこに帰属するのだろうか。問題とすべきは産地の同定だけではなく、対象とする作品がどのような背景で生まれたものかを明らかにすることである。つまり個々で制作事情が異なる和製唐物漆器の意義を正しく理解し、歴史に位置付けていくことである。本研究における一つの目的はここにある。「和製唐物」出現の背景としては、第一に唐物の需要拡大、次いで価値の上昇が想定される。平安時代以降に浸透した中国風荘厳形式や仏教儀礼の増大、唐物を飾る室礼の流行など、唐物ありきで運営される慣例がその枯渇状態を導いた。希少性に伴う価値の上昇に加え、鎌倉時代から流行した八朔の贈答儀礼が和製唐物の受け皿になった可能性も指摘されている。慣例として唐物風の造形が求められる場合は、製作者側も完全な模造品を作ろうという意図がない。手持ちの技法で見た目を似せる方法をとるのが合理的な判断である。いわゆる「鎌倉彫」の多くはこうした事情から生まれたものと考えられる。では技法から器形、意匠にいたるまで真■に複製を試みた例は、何が契機となったのだろうか。また新たな技法を確立するために、どのような技法をベースとしたのだろうか。その技法の系統がどこに属するものかは、その工程や素地構造、使用道具など一■して見えにくい部分に現れる。本研究における詳細な技法研究は、作品の成立背景に近づくための重要な情報を提供することになると期待される。本研究の構想は、日本に伝世する唐物漆器・和製唐物漆器の成立背景を正確に理解することで、十分な妥当性を持ってそれらを位置付けていけるのではないかとする観点に立脚している。鑑識には困難が予想されるものの、「真作」(時代・産地が様式・技法と合致する作品)と判断されにくい作品を「倣古」「模倣」「改変」として切り捨てず、その背景を丁寧に洗い出すことが、最終的に「日本における唐物漆器の受容」を大局から語ることに繋がると考える。

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