― 64 ―㉗ 音丸耕堂の彫漆表現と創作活動にしたい。以上の3つの事項を調査・研究することにより、これまで関東圏や関西圏など、都市部を中心とした観点から捉えられてきた日本の近現代美術史について、「地域」という視点から逆照射的に再考を行うことで、複合的な視座による新たな知見や成果が生まれることを目途とし、それらが本調査研究の意義および価値となることを期待している。本研究では、生涯東京を拠点に活躍し、東京・中央の美術工芸界と香川県の同郷出身の漆芸家たちとの橋渡しの役目も担いながら、数多くの後進を育成した漆芸家・重要無形文化財保持者(彫漆)の音丸耕堂(1898■1997)を取り上げ、地方産地としての讃岐漆芸を、新たな観点から考察するものである。同研究が進展することによって、香川県の漆芸界全体の作風の変遷に関して、より詳細な比較・分析が可能となる。こうした背景を明らかにする研究は、日本の漆芸産地の歴史及び今日の讃岐漆芸の在り方などを再考する上でも、極めて意義のある取り組みであると言える。明治末期から第2次世界大戦後にかけて、従来の技術、意匠及び養成訓練から脱却した音丸耕堂の彫漆作品と豊富な色彩表現は、日本漆芸における色漆の発展の歴史を物語るものであると定義できる。彫漆は、各種の色漆を幾層にも塗り重ね、その層を彫刻刀で彫り下げることによって模様を浮き彫りにする技法であるが、かつては朱、黒、黄、緑、褐色のわずか5色に限定されていた。従来の漆の色彩に、当時の新素材であるレーキ顔料をいち早く取り入れた音丸は、中間色や鮮明な色漆を駆使した豊富な色彩表現を展開した。さらに色漆に金粉を混入させたものを塗り、研ぎ出す工程によって得られる深い味わいの斑紋や、彫りの傾斜の角度を生かして、重ねた色漆の層に微妙な文様を表す技法を創案するなど、斬新なデザイン感覚を追求する作品制作を行うことにより、彫漆の表現力と芸術性を高め、その水準の高さを全国的に証明するものであった。しかしこの領域の研究には、作品のみの考察だけでは見えてこない、彼を取り巻く同時代の環境や重要人物、歴史的事象との因果関係にも焦点を当て、彼―作家意識による変革がもたらした讃岐漆芸の新たな方向性―研 究 者:金城大学 短期大学部 非常勤講師 佐々木 千 嘉
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