― 66 ―ッシマ・アヌンツィアータ聖堂の説教檀の下に置かれていた素地仕上げの彫像をあげ、これを「木の奇跡」と呼ぶに相応しいと述べた。これこそが現在はファイト・シュトースに帰されている《聖ロクス像》である。卓越した技巧を用いて柔らかく彫られた衣と、美しく流れるようなその襞、また完璧に作り上げられた聖人の頭部や肢体は人々から賞賛されてきたと言う。あたかも素地仕上げのように見える木材色を全体に施されたモノクロームのこの種の彫像がヨーロッパにおいて制作されるようになるのは15世紀末のことであり、リーメンシュナイダーによる《ミュンナーシュタット祭壇》(1490■92年)はその最初期の例である。従来の研究では、ヴァザーリの言葉にもあるように、これらの木彫像の登場は、彫刻家の卓越した技巧を示したり、あるいはそれを美的に享受したりすることへの人々の関心に関連付けられることが多かった。しかし他方では、内部にキリストの受難の場面などが精巧に彫りこまれた「祈りの実(prayer nuts)」と呼ばれる祈念用の小さな素地仕上げの木彫(16世紀に多く制作された)―それはヴァザーリが同じく技法論において言及している、さくらんぼや杏のような「果物の種」にドイツ人が精緻に彫った木彫の存在を想起させる―については、「ロザリオの祈り」のような個人の祈祷や瞑想の慣習に深く結びついていることも指摘されている。そこでは、視覚のみならず触覚や嗅覚など他の感覚器官の働きをともなう瞑想が行われていた。15世紀末にいたるまで多彩色で仕上げられることの多かった聖人等の木彫像における「彩色」は、まさにこの瞑想を視覚的に助けるためのものであったとも指摘されているが、木肌色のモノクロームの木彫像の登場は、このような祈念の習慣における諸感覚器官の作用に対する意識の変化に関連付けられるかもしれない。この種の木彫像を包括的に見据えてその宗教的機能を明らかにすることを視野に置きつつ、その一例である《聖ロクス像》の受容のありようを同信会による聖画像崇敬の運営方法の側面から考察しようとする本研究の意義は、第一に、キリスト教の聖画像研究に新たな観点を提示し得るところにあると言えるであろう。また第二に、ペスト禍の聖画像受容という観点からの考察は、当時「神の怒り」と捉えられた疫病への対応策として採用された「対ペスト図像」の研究に新たな一石を投じるものでもあり、ここにもまた、本研究の意義そして価値が認められよう。筆者は、これまで、中世からルネサンスにかけての聖画像受容に関する研究を行なってきた。近年は、聖遺物や聖画像の受容における香りの存在に関する研究にも着手しており、ここから、視覚に訴える従来型の多彩色木彫像とは一線を画すモノクロー
元のページ ../index.html#81