鹿島美術研究 年報第39号
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― 67 ―㉙ アンゼルム・キーファーにおける素材と表象の関係性についての研究ム木彫像に注目する本研究を構想するに至った。また「対ペスト図像」については、筆者がかつて行なったペスト禍の「オルサンミケーレの聖母」に関する研究を下敷きにしつつ進める予定である。研 究 者:金沢21世紀美術館 学芸員  野 中 祐美子本調査研究が含まれる研究の構想は、多様な表現形式(絵画、彫刻、写真、本、空間インスタレーション)に加え、多様で特異な素材を取り入れるキーファーの芸術展開について、素材と表象が主題の意味内容や作家の意図とどのように関係しているのかを分析し、それら個々の作品における作家の実践が、複数の作品を同一空間に設置することで作品同士が相互に関係し合い、空間全体で作家の世界観を創出しているということを明らかにしようとするものである。Pirelli Hangar Bicoccaと旧スタジオにおける空間インスタレーション及び個別の作品の調査や現在のスタジオでの制作途中の作品や素材保管庫の調査は、その作業の一環であり、今後の考察の基礎となるものである。従来のキーファーに関する研究は、図像解釈、文化史的・社会史的あるいは思想的な側面からの作品解釈が主流であるものの、アラスによる作品の素材と構造への精緻な眼差しから作品の解釈や作家の世界観を読み解こうとする研究(2001年)をはじめ、キーファー芸術を理解する上で作家のスタジオの重要性を指摘したコーン(■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■, 2012)やPirelli Hangar Bicoccaでの恒久展示作品を踏まえチェラント(■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■, 2011)やビロ(■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■, 2015)らの空間展示がキーファーの世界観を構築する上での重要性を説くような新しい研究の兆しも出始めている。しかし、そうした研究の多くは、キーファーの創造行為の根幹にある素材や造形への注意が十分とは言えず、アラスが提示した個別の詳細な分析が不十分なまま全体像を捉えるような傾向にある。キーファーが扱う素材や構造についてより詳しく調査しているのは、むしろ修復家によるものが多く(■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■, 2015)、素材の選択や扱い方についてキーファー本人への聞き取り調査の報告も出版されているが、修復家はあくまでも作品の保存を念頭に置いているため、素材を起点にキーファー芸術についての新しい解釈や理解

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