鹿島美術研究 年報第39号
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― 68 ―を深めるには至っていない。しかしながら、こうした新しい個別の研究を参照しつつ、それぞれの研究を関連付けて考察することで、キーファーが扱う特異な素材の数々が個々の作品の意味や表象とどのように結びつくのか、そしてそれらが建築空間を活かした空間インスタレーションとなる場合に、作品間の関係性、素材間の関係性あるいは作品と鑑賞者との関係性など、キーファーのビジョンが更なる広がりをもって表現されるダイナミックな展示空間において、素材と表象の関係が重要な視点となることを示唆する。本調査研究は、ミラノにあるPirelli Hangar Bicoccaにおいて2004年から2015年のおよそ11年間に渡り作り上げた恒久展示作品■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■の空間が、それまでキーファーが扱ってきた主題や素材を総合するものであること、繰り返し使われてきたモチーフや素材の多くが本作品における彫刻や絵画にも取り入れられていること、そして空間の大部分を占める7点の彫刻作品についてキーファーが最も注力して使う素材である鉛を主要な要素として扱っていることなどを踏まえキーファーが公に開かれた空間で最も長く手を入れて作り上げた本作品を、過去作品の分析を参照しつつ、個々の作品の詳細な調査から空間全体を読み解く試みである。一方、バルジャックにある旧スタジオの展示空間は公には開かれておらず、作家や関係者にのみ公開されてきた極めて私的な空間に近い展示である。1993年から2003年までこの場所で制作を続けてきたキーファーは、制作と同時に広大な敷地と建物を使った壮大なインスタレーションを試みてきた。約10年間、制作現場でもあったこの場所に残した多くの作品が、一般に公開されてきたこれまでの作品群との相関関係を読み解き、バルジャックの後に取り組んだミラノのPirelli Hangar Bicoccaでの展示との関係性についても検証する。キーファーは同じモチーフや同じイメージを年代や表現方法、素材や主題を横断しつつ繰り返し作品に登場させる。そして、数年単位で手元にある作品に手を加え更新する。キーファーが長期間に渡り手を加え続けてきた2つの展示空間は、まさにキーファーの理想の世界が展開していると言える。これまで個別に語られてきたそれぞれの空間展示を比較調査することで、これまでのキーファー研究に新たな視点を加えることになる。また、現在のスタジオでは、作家へのインタビューに加え、制作過程や素材の収集・保管の状況を調査することで、作品を実見するだけでは分からない、素材の扱いや構造、作家が意図していること、あるいは意図せず生じたことなどを聞き取る。ここでの調査は、作品理解を強化するだけなく、キーファー作品の保存

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