鹿島美術研究 年報第39号
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― 69 ―㉚ ウォルター・デ・マリアの制作における自然科学の影響や修復において、今後何をどう手を加えるべきか、加えずにおくべきかの判断基準や保管方法の見直しにも大いに貢献する。研 究 者:ライス大学 美術史学科 博士課程  吉 田 侑 李本研究は戦後のアメリカで活躍したウォルター・デ・マリア(Walter De Maria, 1935■2013)の制作において、自然科学が彼の制作に与えた影響を考察するものである。デ・マリアは大規模な大型インスタレーションを多く制作し、1960年代後半以降に興隆したランドアートの作家として知られる。彼の作品には、順列組み合わせ的な配置、球体や正多角形の構造、1キロ、1マイル、1メートルといった単位的な寸法を用いた数学的秩序や法則、幾何学性を取り入れたものが多くあり、先行研究においてもこうした点は度々指摘されている。しかし、このような自然科学的な秩序や法則への関心が、そのキャリアにおいてどのような意味をもつものであったのかを考察するまとまった研究は提出されていない。本申請研究は、デ・マリアの制作における自然科学の影響を考察する研究の第一歩として、彼の作品に繰り返し現れる球形のモチーフを手がかりとする。というのも、画業初期においては、木製の球体を動かすことを鑑賞者に促す作品を制作していたが、1970年代以降は素材に金属を用い、より静止性が強調されたものへと変化した。本申請研究が調査対象とする地中美術館所蔵の大型球体を用いたインスタレーション《見えて/見えず 知って/知れず》(2000年)、《タイム/タイムレス/ノー・タイム》(2004年)にも、この静止的な感覚が看取できる。ここで興味深いのが、自然科学に関するデ・マリアの関心である。例えば、1972年に行われたインタビューにおいて、1950年代にカリフォルニア大学バークレー校にて学んでいた時に、物理学者や地質学者らと親しくなり、量子力学といった当時最先端の科学に興味を抱いていたことを語っている。「地質学」という言葉は彼がのちに手がけることになるランドアートとの関連を示唆するものの、ここで特筆されるのは量子力学への興味である。というのも、量子は条件によって粒子あるいは波動として振る舞い、その両義的な状態は近代物理学における重要な発見の一つであった。もちろん、上記のデ・マリアの発言から、彼が量子の性質それ自体にまで関心があったかま

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