― 70 ―では定かではない。しかし、初期作例が球体の位置の変化をテーマとしていたこと、さらに、地中美術館に設置された作品の「見えて/見れず 知って/知れず(Seen/Unseen Known/Unknown)」というタイトル、そして、彼の代表作であり、ニュー・メキシコの平原に400本の金属製のポールを等間隔に配置し、落雷を誘発する《ライトニング・フィールド》(1977年)が、アクセスするのが難しい場所に設置され、写真撮影が禁止され、さらには、雷という瞬間的な気象現象を作品に取り入れていることから、デ・マリアは、存在するのかしないのか把捉しがたい物質の「状態」に関心があった可能性が高く、量子のモデルとの共通性も浮かび上がる。上記はまだ仮説にすぎないが、以下の方法でこの仮説を検証したい。まずは、地中美術館(香川県直島)に常設展示されている上記2作品の調査を行う。これらはデ・マリアのキャリアを代表する大型インスタレーションでありながらも、国内外でのまとまった研究は少ない。作品の熟覧調査とともに、制作・設置に関わった関係者へのインタビューや、福武財団および地中美術館が所蔵する一次資料の調査を行いたい。さらに、ニューヨークにあるウォルター・デ・マリア・アーカイヴでの調査を行い、作家が所蔵していた書籍、自筆原稿、ノート、書簡などから、彼が具体的に自然科学のどのような分野に関心があったのかを検証する。また、テキサス州ヒューストンの現代美術館メニル・コレクションには、様々なモチーフが描かれたドローイングが約500点所蔵されている。これらの精査を通じて、自然科学的なモチーフを含め、デ・マリアの関心源を明らかにする。作品・ドローイングの実見調査から得られる結果と、資料調査から得られる成果を対照させつつ、分析を行なっていく。デ・マリアの制作における自然科学の影響を考察することによって、これまでランドアートの作家として認識されてきた従来までの作家像を大きく更新できる可能性があるとともに、戦後のアメリカ美術史研究においても、自然科学と制作との関連という考察軸が新たに設定できる。また、地中美術館に収蔵されているデ・マリアの代表作について、国外の研究者がアクセスしにくい一次資料を通じた実証的検証は、将来的には国外のデ・マリア研究においても貴重な成果となることが期待できる。
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