鹿島美術研究様 年報第40号(2022)
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■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■に■■る■■■■■■■■研 究 者:チューリヒ大学大学院 美術史学科 博士課程  龍   真 未研究の意義・価値:本研究は、修道院史の中では創始者縁の土地としてアイルランドを重要視しながらも、写本制作においては造形的には一様に関与していなかったとする従来の中世の写本画研究を批判的に再検討するものである。ザンクト・ガレン修道院の写本芸術における外部からの影響について、先行研究ではこれまで俯瞰的にしか捉えられてこなかったが、本研究において個々の作品の造形的特徴を詳細に精査し直すことによって、上記の「期待される成果」で述べたような直接的・間接的伝播が入り組んだ様式発展が明らかとなる。このことは、1912年のAdolf MERTONから2008年のAnton von EUWまで連綿と続けられているザンクト・ガレンの包括的なイニシアル装飾の研究史をさらに進展させることに繋がるであろう。カロリング朝期の美術の中心は写本芸術であり、その造形形成には、カール大帝の目指した宮廷における地中海美術の遺産ばかりではなく、辺境地域において受け継がれてきた伝統や、島嶼芸術のような外部からの造形的要素も関わっている。本研究では、ザンクト・ガレン修道院という中枢から離れた土地における造形形成、しかもそのなかでも「アイルランド受容」を議論の中心に据えることになるが、最終的には、混在するライン川周辺の土着文化や南方のランゴバルト文化、そしてザンクト・ガレン修道院が宮廷文化を手本にしながら独自にめざした新しい造形的改革といった様々な側面も明らかになるに違いない。構想:本研究は、2020年に準備を開始し、2024年夏までにチューリヒ大学への提出を目指す博士論文「ザンクト・ガレン修道院におけるアイルランド写本芸術と初期中世写本におけるその美術史的影響」(ドイツ語)の一部として実施する予定である。この博士論文における造形分析は、大きく①アイルランド写本と②ザンクト・ガレン修道院で制作された写本の二部に分けられ、本研究では、②のうち、9世紀後半の写本を研究対象としたい。なお9世紀前半の写本についての考察は別助成の範囲で行う予定であるが、9世紀後半に制作された写本の方が現存写本が多いため膨大な作業になると予想される。まず、ザンクト・ガレン修道院で作られた写本を島嶼系要素の有無・装飾の種類をもとに一覧化し、次に、こうした基礎調査に基づきながら、ザンクト・ガ― 93 ―

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