■ ■■■■■■■画に■■■になった。先述の通り、彼が最も影響力を持っていたのはパリの聖堂装飾の分野であった。しかし作品の多くがフランス革命期に消失したことや、別々の美術館に所蔵されることで本来の構成されていた意味を失ったこと、また作品が聖堂に現在も設置されているために不動であり展覧会などで紹介される機会が少ない、といった様々な要因が研究を遅らせてきたと言える。本研究では、祭壇画が構成していた本来の役割について、複製版画を用いて再構成し、先行する作例との比較を行うことによって、これまで解明されていなかった彼の創意を明らかにすることを目指す。研 究 者:サントリー美術館 学芸員 内 田 洸幕末明治期の洋風画に焦点をあてる本調査研究では、様々な美術史上の問題を問い直すことになる。まずひとつが時代区分であり、幕末とはどの時代を指すか、いつから始まるかという点である。歴史学では、幕末をペリー来航の嘉永6年(1853)または開国した安政元年(1854)から江戸幕府が崩壊した明治元年(1868)までとする。一方、天保の改革(1841〜43)から幕末が始まるとする意見もある。美術史では、必ずしも社会的な出来事と時代区分は一致せず、幕末の美術の始まりには諸説ある。例えば『朝日美術館 テーマ編3 幕末・明治初期の絵画』(朝日新聞社、1997年)において、安村敏信氏は、18世紀後半頃から近代に結びつく表現が現れはじめるとして、秋田蘭画など江戸時代半ばの作品も同書の射程に入れている。一方、『美術出版ライブラリー 日本美術史』(美術出版社、2014年)の「幕末・明治前期」の章において、同じく安村氏は、天保の改革後、黒船来航などの世相の不安が幕末の造形を決定づけるとして、天保末の1840年代を幕末の始まりとしている。また、『幕末狩野派展』(静岡県立美術館、2018年)において野田麻美氏は、江戸時代最後の10年に狩野派には特に大きな変化が見られないとして、近代に続く幕末狩野派様式を成立させた狩野栄信(1775〜1828)、狩野養信(1796〜1846)に注目し、19世紀前半の作品から取り上げている。すなわち研究者のスタンスによって、幕末の美術の出発点は異なる状況である。本調査研究においては、近代絵画へつながる表現や西洋美術の写実性を取り入れた作品が― 10 ―
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