鹿島美術研究様 年報第40号(2022)
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《西洋美術部門》 財団賞:新倉 慎右     ミケランジェロ作《ヘラクレスとカクス》における多視点性の創出     ―素描《ヘラクレスとアンタイオス》からの発展と設置場所との関係― 優秀者:今井 敬子     ピカソ「青の時代」の絵画に隠された制作のプロセスミケランジェロといえば、まずシスティーナ礼拝堂天井壁画を思い浮かべる。その制作中に、手紙欄外に窮屈な姿勢で制作する自身のカリカチュアを素描してジョヴァンニなる人物に宛て、自分はそもそも画家でないのだからふさわしい場所にいないと愚痴をこぼしている。彼は根っからの彫刻家だと自負していた。若いころから丸彫り彫刻の技術を極めようとした。当然ながら、自分の彫刻が観察される視点も重要だった。フィレンツェ共和政時代の1504年に彼の大理石の巨像《ダヴィデ》が設置されたヴェッキオ宮殿(現在の市庁舎)前に、当初その対幅として注文された大理石彫刻《ヘラクレスとアンタイオス》のための素描2点が残っている。新倉慎右氏は、メディチ家が政治への復権と追放をくり返す1520年代の政治的変遷に左右され、注文がミケランジェロとバッチョ・バンディネッリのあいだで揺れ動くなかで、同2素描から彫刻ひな型《ヘラクレスとカクス》への主題の変更、および設置場所を考慮した多視点性の導入の進展があったことをつぶさに跡づけた。2素描の制作順序や設置場所への3つの動線経路を考慮した《ヘラクレスとカクス》の4視点に関する解読は、大変に説得力がある。1547年にベネデット・ヴァルキが、彫刻と絵画の優劣を論じる講演に先駆け、あらかじめ自分の見解をしたためた質問状をフィレンツェの友人芸術家たちとローマのミケランジェロに送って回答を求めた。アニョロ・ブロンヅィーノは、返信で彫刻を優位とする第4の論拠として、彫刻では像の周囲をぐるりとめぐることで、異なる角度から彫刻の外観が眺められ、空間内に三次元的なイメージが出来上がると強調した。このように、丸彫り彫刻は多視点性を有するとする考えが実際に共有されていた。よって、新倉氏の議論はたいへん有効であり、財団賞に値すると判断される。一方、優秀賞の今井敬子氏は、勤務館所蔵の《海辺の母子像》をはじめ、光学的な調査で明らかになったピカソの「青の時代」の諸作品にみられるカンヴァスの再利用― 19 ―

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