性たちに関する言及は限定的である。本研究はこうした先行研究と同様のアプローチをとりながら、新たな調査対象範囲に主眼をおき一次資料を精査することで、ミレイの画業および人物研究の更なる発展に寄与すると考える。またラファエル前派に限定すると、19世紀英国文化史における圧倒的男性優位と女性の不在に対する問題意識を背景に、1980年代以降ラファエル前派の芸術的発展に寄与した女性たちの特定と活動の評価が徐々におこなわれてきた。なかでもマーシュは、単著『Pre-Raphaelite Sisterhood』(1985年)にて、エリザベス・シダル、クリスティーナ・ロセッティ、ジェインおよびメアリー・モリス、マリー・スパルタリ・スティルマンらの文学・美術・装飾分野における活動と功績に光を当て、以来継続的に調査を重ねている。また2019〜20年開催、マーシュおよびファネル監修の展覧会「Pre-Raphaelite Sisters」(ナショナル・ポートレイト・ギャラリー)では、アフリカ系英国人モデルのファニー・イートンを「再発見」するなど、ラファエル前派およびヴィクトリア朝女性文化史研究において著しい成果をあげている。一方で、これら先行研究が調査対象とする作家は画業を通じてラファエル前派様式を貫いたホルマン・ハントや、後期ラファエル前派にも属したロセッティとそれに追随したモリスやバーン・ジョーンズが主であり、ラファエル前派から徐々に距離を置いたミレイおよび周辺の女性に関する調査は限定的といわざるを得ない。本研究は上述の人々同様に、公私ともにミレイとその芸術活動に関与しながらも、これまで看過されてきた女性たちの顔ぶれと役割の解明を通じ、一連の「姉妹団」研究に新たな資料と視座をもたらすとともに、同研究を進展させると言えよう。こうした背景から、本研究は、ミレイのラファエル前派期のみならず画業全体を通じた人間関係と芸術実践を包括的に調査し、先行研究で等閑視されてきた女性たちの活動を明らかにすることで、従来のミレイ研究および19世紀英国美術研究における空白を埋めるという意義を有している。また上記先行研究のなかで散発的に引用、言及されているものの、一般に広く公開されることのない手記や書簡などの一次資料を、女性たちとの関わりという見地から精査し、引用・紹介することは、ミレイ研究史においても意義深いと考える。― 51 ―
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